微温的ストレイシープ
.

.




「あのな」



諭すように声を出したのは、廉士さんだった。

まるでだだをこねる子どもをあやすようにじっと見つめられる。




「おまえさ、馬鹿じゃねえの」

「……え?」



唐突にかけられた“馬鹿”の二文字に、このときばかりは自分の置かれた状況がどこか吹き飛んでいく。




「お前の記憶は数時間ももたねぇのか?それとも押し出し式なのか?」

「ど、どういう……」



というかひどくないですか。


廉士さんの呆れたような瞳に耐えられず視線を逸らせば、すぐに頬を掴まれ戻される。



わたし、わりと大事なことをカミングアウトしたはずなのに。

なんで廉士さんは平然としているんだろう。



まるで最初からわかっているような、すべてを見通しているような瞳から目がはなせなくなる。




「“どんな世界にいたって、お前はお前だ”。
……これ、誰の言葉だと思う」



廉士さんが口にしたのは、いつかわたしが彼に言った言葉だった。


もちろん忘れてるわけがない。適当に言ったつもりはなかったから。


< 204 / 211 >

この作品をシェア

pagetop