微温的ストレイシープ
シガーレットは煙らない
𝘰𝘪𝘭
座り込んでいるわたしを彼は静かに見下ろしていた。
冷たい瞳は無色透明、なんの彩色もない無機質な双眼だった。
「どこから来たかもわかんねーわけ」
こくりとうなずけば、彼は面倒くさそうな顔を隠しもしなかった。
その反応にすこしだけショックを受ける。
わたしだって好きで記憶を失ったわけじゃないのに。
どこから来たのかも、なんで追われていたのかもわからない。
覚えているのは自分の名前だけ。
そのうち彼はポケットからライターと煙草をとりだした。
あ、吸うのかな。
すぐに特有の香りがただよってきて、おもわずむせてしまう。
こほこほと咳をしながら辺りをうかがう。
建物と建物のせまい隙間にある空間。
どこか、路地裏のようだった。
辺りは黒のベールに包まれていて、すこし遠ざかった彼の顔さえはっきり認識できなくて。