微温的ストレイシープ
榛名奈緒はしばらく難しい顔をしていたが、はっと白い息とともに笑った。
さきに歩き出した弟の足どりは、どことなく先ほどよりもゆったりしている。
その後ろ姿を追いかける兄も、もういつもの人当たりのいい顔に戻っていた。
「ねえ奈緒くん。やっぱり月、すごく綺麗だよ。見てよほら」
「兄貴、それフリだったわけ。恐ろしいわ」
「奈緒くんにはしないって。っていうかほんと、」
壊しがいのありそうな月だなぁ、と榛名宇緒は目を細める。
たしかに今夜の月は格別だった。
今にも落ちてきそうな黄色の月。
クレーターの部分だけ色が違っていて、
遠くから見れば、まるで火傷の跡のようにも痣のようにも見える。
「あーはやく灯里を抱きしめてあげたいなぁ」
「無事に帰ってきたらいくらでもしてやれ」
そうして、ふたりの兄は灯里を想いながら。
どこまでもつづく暗闇へと消えていったのだった。