微温的ストレイシープ
たとえ嫌われていようが、拒絶されようが、この夜だけは廉士さんの足にしがみつく覚悟でいる。
次の瞬間だった、遠くから誰かの声が聞こえてきたのは。
はじめはボソボソと、そして次第に近づいてくる。
「だ、だれか来っ……!」
「静かに」
耳元で低音を拾う。
顔を横に向けたら、すぐ近くに廉士さんの整った顔があって。
静かにと言われたのに、ひいっと声を出しそうになる。
「こんな至近距離で見ていい顔じゃない……」
「喧嘩売ってんのか?あとで覚えてろよ」
いまは黙れ、と口を大きな手で押さえられた。
よけいに自分の心臓の音がどくどくと大きく聞こえる。
「奴らはいたか?」
「いや、ここにもいねぇ。どこ行きやがったんだ」
ここじゃない。
声がするのは、細い通路をはさんだ、もうひとつの道のほうから。
わたしたちがいる場所じゃなかった。
それでもいつ見つかってもおかしくない。
息を殺してじっとしていると、そのふたつの声は遠ざかっていった。