腹ペコ令嬢は満腹をご所望です!【連載版】
「クリス、今日はオムレットを作ってみたんだ」
「きゃー! 今日も素晴らしく美味しそうですわ!」
「待って待って。これは今日の決闘で君が食べるやつだ。味見に一つ持って来ただけだから」
「ええ……」
そんな……。
あからさまに落ち込むわたくしに、ミリアムが仕方なさそうに眉を落とします。
だって、ミリアムのお菓子が味見だなんて……。
昼食のあとのスイーツが一番の楽しみなのに……そんなひどい……。
「でも、という事は今回もミリアムが決闘用のお菓子を作ってくださいましたのね。わたくし楽しみですわ」
「うん。まあ、今回も横槍があったからね」
「まあ……お姉様ですか?」
「「!」」
席についたミリアムと、一緒にトレイを持ってやってきたアークが驚いた顔をしました。
あら、もしかしてわたくしが気づいてないと思っておられました?
いやですわ、さすがにそこまで鈍いままではおれませんわ。
「そうか、さすがに情報収集は出来るようになっていたのか」
「あくまでフィリーからもらう情報のみですわ。でも、フィリーは意外とそちらの能力に長けていたみたいで……色々聞きました」
「なるほど。ところでクリス、今日は僕もお菓子作りに挑戦してみたんですよ。クッキーですけど」
「まあ! アークもお菓子を? 素敵ですわ、頂いてもよろしいのですか?」
「はい。是非感想を聞かせてください」
トレイに載っていたのはクッキーだったのですわね。
まあ、まあ、まあ!
薄くて食べたらサクッとするタイプ!
初めての手作り感が出ていて素敵ですわね!
「サクッとして、甘くて美味しいですわ〜!」
((相変わらず食レポ能力は普通だなぁ))
ニコニコとわたくしが食べる姿を眺めるお二人。
そうこうしていたら、ジェーン様がカツカツと近づいてくるのが見えました。
あら、もうそんな時間でしたか?
「クリスティア様! 私との決闘、お忘れではないわよね!」
「はい、忘れておりませんわ。でも、場所はラウンジなのでは……」
「ラウンジなのでそろそろ来て頂けます!?」
「分かりましたわ」
そんなに大声を出さなくてもいい気がするのですが……決闘の前で気が立っているのかもしれませんわね。
なんにしても残りのクッキーはハンカチに入れて……と。
「持っていくんですか?」
「はい、決闘のあとで食べます」
((大食い勝負のあとで食べるというその宣言……さすがだな……))
お二人がまたニコ、も優しく微笑む。
わたくしお二人がそうして優しく微笑んでくださるので、心が暖かくなりますわ。
お二人のためにもたくさん食べますわね!
「あら」
と、気合を入れ直してラウンジに行くと、屈強な三人の男性が待っていました。
あらあら? 決闘をする相手のジェーン様は腕を組んで「ふん」とドヤ顔。
「この男たちは私の代理人よ。あなたみたいな化け物胃袋をお持ちの方にはちょうど良いハンデでしょう? それとも、ハンデも許してくださらないほど、狭量な次期王妃様なのかしら?」
「まあ……」
思わず指先で口を覆ってしまいました。
これは驚きです。
観客の皆さんもおかしいと思っていた答えがジェーン様から出て来た途端、あからさまに「おいおい」という困惑の表情。
ああ、後ろのミリアムとアークからも不穏な気配が……。
フィリーが来る前で良かったですわね。
今のを聞いたら怒涛の勢いで文句を言っていたと思いますわ。
「確かに決闘で代理人を出す事は我が国の法に照らし合わせて問題はありませんが、その場合は事前に告知するように記載されています。今回あなたはそれを行なったのですか?」
真っ先にアークがそれを指摘します。
するとジェーン様は一瞬狼狽たあと、ややしどろもどろになりながら「も、もちろん」と小声で呟きました。
うふふ、わたくし存じ上げませんでしたわ。
「ルイナは告知とやらを受け取りまして?」
「いいえ」
「う、うそよ! ちゃんと手紙を送ったもの! ……受け取っていないなら、郵送中の事故かなにかではなくて!?」
「即座に『嘘』と決めつけるのはいかがなものでしょうね? 相手方が受け取っていないのを確認もしなかったんですか? 決闘を軽んじているとも受け取れる発言ですね」
「うっ」
あ、あらあ……アークがとても怒っておりますわ。
そしてこれにはラウンジの皆様も不穏な感じになっております。
決闘、みんなの娯楽な一面がありすからね。
でもアーク、ちょっと脅しすぎでは?
観客の皆様が煽られすぎてジェーン様がちょっと可哀想です。
いいえ、まあ、わたくしの味方を増やすには実にナイスなシチュエーションというやつなのでしょうけれど……ここでジェーン様が嫌われすぎては、わたくしの食糧確保計画に支障が出てしまうかもしれません!
そうなったらご飯やお菓子が!
減ってしまうかもしれません!
「アーク、そんなに追い詰めてはわたくしが勝利したあとにお友達になって頂けませんわ」
「えっ……。……え? 勝つつもりなんですか?」
一瞬時が止まったような顔をされてしまいましたわ。
もちろん勝ちますとも。
「男性三名ならばよいハンデですわ」
「クリス……」
「アーク、どうか信じてくださいませ。わたくし、この程度では負けたりなど致しませんわ」
「……ェ……」
ミリアムとアークの表情がとてもシンプルな「目が点」状態になった気がしますがきっと気のせいでしょう。
さあ、そんな事よりも勝負開始ですわ。
テーブルに座ると男たちはニヤニヤと笑っておられます。余裕ですわね。
確かに普通のご令嬢でしたら殿方三名と大食い勝負なんてしたら、秒で負けてしまう事でしょう。
え? まず普通のご令嬢は大食い勝負を選ばない? …………確かに。一本取られましたわ。
しかし、大食い勝負ならわたくし負けません!
殿方が三人相手でも、美味しく食べさせて頂きます!
「お待たせ致しましたわ。審判はわたくしフィリアンディス・プラテが務めさせて……って、なんでジェーン様がテーブルの真横にいて、クリスと戦うお席に男性が三人も座っておりますの!? なにが起きておりますの!?」
「問題ありませんわ、フィリー。代理の方々だそうです。わたくしは承認致しますので、勝負内容を説明してちょうだい」
「!? ……わ、分かりましたわ。クリスがそう言うのなら……こ、こほん! では説明致しましたわわよ! 今回の決闘はジェーン様よりクリスティア様に申し込みがあり、決闘内容はクリスティア様がお決めになりました。決闘内容は『大食い』! どちらがより多くのお菓子を食べられるか、の勝負となります! ジェーン様は代理人が三人で勝負されるそうです!」
フィリーったら、代理人が三人、のくだりはいらなかったのでは?
キッとジェーン様を睨みつけているあたりわざとなのでしょうけれど……審判がそんな事ではダメですわよ。
「フィリー、審判は公平にお願い致しますわね?」
「もちろんですわ!」
まあ、フィリーは真面目なので大丈夫でしょう。
観客となる生徒たちも前回より多いくらいですし。
気持ち、女生徒が多いですが……あんまり見ない方がよろしくてよ?
「では、今回の決闘用に用意されているお菓子を!」
フィリーが叫ぶと、厨房からケーキが運ばれてきましたわ!
まあ! まあ! まあ〜!
ミリアムがさっき言っていたオムレット!
シフォンケーキのようなふわふわの生地で生クリームを挟んだお菓子ですわね。
それが二段ケーキの周りにビッシリ!
しかもクリームの味は数種類!
きゃー! 素敵ですわ、素敵ですわー!
「今日のためにこれまで培ったクリームのレシピを、総動員して作ったオムレットだ。クリスに気に入ってもらえればいいんだが……」
「ありがとうございます、ミリアム! すごく楽しみですわっ!」
「「「…………」」」
素敵! ケーキも上の段と下の段で別な種類になっているんですね!
上は食べた者をカロリー地獄に叩き落とすレアクリームチーズケーキ! 生クリーム添え!
下は私の大好きなチョコレートケーキ!
下に添えられたオムレットはざっと見ただけでも五十個くらいありそうですわ!
なんて食べ応えのありそうなケーキとオムレットなのでしょう!
「制限時間はありません。先にギブアップした方が負けです! では、よーい!」
フィリーが片手を上げる。
フォークを握っていざ!
「始め!」