腹ペコ令嬢は満腹をご所望です!【連載版】

「……見えづらいですわね。なんか暑いですし……」
「我慢してくださいませ」

 頭わ覆うヴェールは半透明。せっかく整えた髪が崩れそうですわ。

「クリス」
「ミリアム、アーク! まあ、お二人ともとても素敵ですわ〜」

 お部屋を出ると二人が待っていてくださいました。
 お二人も正装。
 やっぱりそこはかとないアラブっぽい衣装ですわ。
 なんというか裾が長いのです。
 普段の……学園の制服などは洋風なのに、今更ですがここはやっぱり異世界なのですわねぇ、と思ってしまいますわ。

「……」

 ふと、そういえばわたくしはどうしてこの世界に転生したのだろうか、と疑問が浮かぶ。
 前世異世界なら、転生先が異世界なのはなぜ?

「ではそろそろ行こうか」
「お客様の出迎えをしなければなりませんからね。……クリス、疲れたらちゃんと言ってくださいよ?」
「あ、はい!」

 今考えても仕方ありませんわね。
 ともかく今日を……このあとの事をすべて乗り切らなければ。
 今日はイベント盛り沢山ですもの! 頑張りますわよ〜!

「あまり張り切りすぎて明日倒れないようにな? 最近はだいぶ安定しているけど、クリスはよく熱を出すんだから」
「だ、大丈夫ですわよ! 熱を出すのは小さな頃の話ですわっ」
「残念ながら体調に関して僕とミリアムは一切クリスの事を信用していませんので」
「ひどい!」

 会場は夕方からなのだが、お昼時ともなればすでに会場は各国の偉い方々で埋まり始める。
 陛下は時間通りの登場ですので、それまでの間わたくしたちがお客様に『顔見せ』の意味も込めてご挨拶を致します。
 一国につき最低でもお二人。
 そして、この国の貴族たち。

「……それにしても、妻の共有とは意外ですね」
「なにも一人にせずとも、側室を五人でも十人でも娶られればよいでしょうに」
「ロンディウヘッド家に権力が集中するのはいかがなものかと思うのですがねぇ」

 という「うちの娘ももらってくれ」主張に笑顔で対応致します。
 わたくしが横にいるのに言うのですから、貴族の皆様は顔の面が鉄板のようですわね!

「ご無沙汰しております、ミリアム殿下、アーク殿下」
「「「!」」」

 その声を聞いた時、ゾワリと背中に薄寒いものが駆け巡った。
 五年ぶりです。
 でも、困りましたね……笑顔が保てません……顔が、上げられません。
 体が震えて……。

「!」

 ミリアムが手を握ってくれる。
 アークがわたくしの前へと立って、視界を隠してくる。

「ミリアム……アーク……」

 二人が守ってくださっている。
 そう思ったら、少し、力が抜けた。

「お久しぶりです、ロンディウヘッド侯爵」

 アークが対応してくれるので、わたくしはその間にゆっくりと顔を上げる。
 負けるわけにはいかないのです。
 だってこれは、わたくしが、自分自身で乗り越えなければならない事なのですから。
 父と、向き合う。

「!」
「お久しぶりですわ」

 お母様……! それに、お兄様まで……。

「っ」

 体がまた震えてしまう。
 わたくし、こんなに……まだ、こんなに囚われたままでしたのね……。
 情けない……!

「我が娘を王子殿下お二人の婚約者に選んで頂き、ありがとうございます。直接御礼を申し上げる機会に恵まれた事にも感謝を致しますよ」
「お気になさらず。クリスはとても優秀ですから、当然かと」
「まあ、アーク殿下にそのようにおっしゃって頂けて、教育してきた甲斐がありますわ」

 ……教育。あれは教育だっただろうか?
 毎日、毎晩、連れ回され……確かにお茶会のマナーや夜会のルール、挨拶の仕方はマスター出来た気は致しますけれど……。
 わたくしの背があまり大きくならないのは、幼少期の睡眠の質が非常に悪かったからではないかと言われておりますのよ。
 それは主にお母様の連れ回しが原因なのですがっ!
 ……とは、言えませんわよね。場所的に。

「ご機嫌よう、ロンディウヘッド侯爵、ロンディウヘッド夫人」
「ご無沙汰しておりますわ」
「あら……」
「これはこれはお妃様方。ご無沙汰しております」

 エリザ様とジーン様がアーク様の隣に立つ。
 わたくしを守るように……。
 でも、なんというか……! 圧が! 圧がものすごいですわ!
 この場の空気が! 誰がどう見てもまずい!
 明らかに近くにいた方も数歩下がっておりますわよ!?

「ちょうど良かったわ。ご夫婦揃って来られた時にご相談しようと思っていた事がありますの。すでに陛下にも許可を頂いているのですが……」
「あら、なにかしら?」

 ……特にジーン様とお母様の空気がバチバチしております……!
 気温が下がってません?
 わたくしうっすら寒気がするのですがっ。

「クリスティアをわたくしの娘として、養子に迎え入れようと思っておりますの」
「はあ?」

 にっこり笑ったジーン様が言い出した言葉に、お父様もお母様も怪訝な表情をなさる。
 まあ、そうですわよね。
 お兄様は……相変わらず全然興味がなさそう。
 無表情で成り行きを見守っている感じです。

「あら、構わないでしょう? あなた方とクリスティアに、()()()()()()()()のだから」
「「!?」」
「……!」

 ジーン様が扇で口元を隠しながら微笑む。
 お父様もお母様も、そしてその時初めてお兄様も、驚いた顔をなさる。
 わたくしはその表情で、理解しました。
 以前ジーン様たちに聞いた話が本当だったんだ……。
 ……わたくしの戸籍がない。
 わたくしがロンディウヘッド侯爵家に生まれたという記録がないのだと……。
 最初聞いた時はとても驚きました。
 ルイナでさえ……大声で「そんなばかな」と叫んだほどです。
 王妃になるに至り、わたくしや家の事を調べた結果……わたくしはお父様とお母様の子どもではなかった。
 ロンディウヘッド侯爵家の使用人たちに秘密裏に調査を行い、証言を集めた結果……わたくしはロンディウヘッド家の治める領地で生まれた平民の赤子だった事が判明したのです。

「…………」

 父はわたくしを、王子殿下がお二人生まれてきた年に慌てて『そのために作った』と言いました。
 そんな馬鹿な話はないのです。
 子どもは生まれてくるのに十月(とおつき)はかかる。
 でもわたくしの誕生日は、殿下たちと一ヶ月しか違わないのです。
 つまり、わたくしはお父様とお母様の子どもではない。
 この世界に遺伝子を調べる技術はありません。
 けれど、領主に赤子を『口減らしも兼ねて侯爵家に売った』という証言をした平民もいたとの事。
 その方々がわたくしの本当の両親なのでしょう。
 当然その方々は今更わたくしが戻っても困るだけ。
 わたくしは……いらない子だったんです。

「正式に戸籍を作るためにわたくしと陛下の『娘』にするのですわ。そうすれば『養子縁組』という形でミリアムともアークとも結婚して問題ないですもの。ほほほ。お二人には感謝しておりますわ、クリスティアをここまで育ててくれた事……」
「っ! わ、わたくしの子ですわ! 間違いなく! その子はわたくしが腹を痛めて産んだ子です!」
「あら、どこぞから養子を取るのは貴族ならよくいる事ではありませんか。なにをそんなに慌てて否定されますの?」
「!」

 エリザ様が追撃を仕掛ける。
 ……ええ、そうです。養子を取るのは貴族なら普通の事。
 血筋にこだわる貴族が、平民から取るのは珍しいですけどね……。

「この子を王妃にするために」
「必要な処置ですわ」
「「「…………」」」

 …………こわい。

「あとで必要な書類をお送りするので記入して送り返してくださいませ。では、他の皆様へもご挨拶せねばなりませんので、このあたりで失礼致しますわ」
「そうですわね〜」
「では、失礼致します」
「行こう、クリス」
「は、はい。…………では、お父様、お母様、お兄様……お世話になりました」

 ほほほ、と笑いながら方向転換したエリザ様とジーン様。
 それについて、わたくしたちも離れます。
 最後に両親と兄へ頭を下げて、ミリアムが差し出した手に手を乗せて歩き始める。
 ……わたくしは、平民の娘。
 貴族の血など一滴も流れていない。
 最初はとても、とても、申し訳がなくて不安だった。
 それを聞かされた時、ああ、終わったな、とも思いました。
 けれど、エリザ様もジーン様もミリアムもアークも、陛下も気になさらなかったのです。
 それもそのはずですわ、陛下は血筋になんのこだわりもない方。
 貴族の歴史はその血にあり。
 けれど、それ故に腐敗する。
 そんな陛下の思想に、この方々は大変近い。
 教育さえ行き届いていれば出自など関係ないのだと……。
 身分など、能力とは関係ないのだと。

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