腹ペコ令嬢は満腹をご所望です!【連載版】

「ふふふ、見たぁ? あの顔! 最高でしたわね」
「あらあらジーンったらお顔が凶悪よ。まだ我慢しなさいな」
「分かっておりますわ。ざまぁ!」
「母上……」
「でもこれで一つ片付いたな」
「そうね。これでアーク様の『義妹』として、結婚もスムーズに出来るわ。ミリアム、良かったわね」
「はい、母上」

 そう、まずはひとつ。
 このパーティーで、これまでの問題をすべて片付ける。
 最初の布石は打った。
 次は相手の動きを見る番ですわ。
 今の事を引き金に、必ず動く。
 我が家のプライド高い……いやもうなんかプライド塊のようなお父様やお母様やお姉様は、絶対に今の話を快くなど思いませんからね。
 なにしろわたくしを出汁にして、権威のあれやこれやをゲットしようとしていたのですから。
 それをおめおめ取り逃がすはずがないのです。
 なんとか今日中に撤回ささなければと、頭をフル回転させているはずですわ。
 だって今日中になんとかしなければ、先程のやりとりを見ていた他の貴族によって秒速で広まるのです。
 ええ、明日のお茶会や夜会メインディッシュや酒の肴になってよい笑い者となりますものね。
 それをちやほやされるために毎日お茶会や夜会を開いているお母様や、ヨイショされるために権威を欲して止まないお父様、そして自分が一番愛されていないと気が済まないお姉様がよしとするはずもなく……。
 まあ、お兄様は分かりませんけれど。

「ふふふ、まだ始まったばかりだもの……たっぷり楽しみましょう」

 ……エリザ様も、こわい。

「クリス!」
「まあ、フィリー! ご機嫌よう! ドレス可愛らしいですわ!」
「ふふふ、クリスもとてもよくお似合いよ!」

 声をかけてきたのはフィリーのご家族。
 ああ、本当に仲が良くなりましたのね。

「ジェーン様から伝言ですわ。例の件、一時間後には整うそうですわよ」
「ありがとうございますっ」

 さすがフィリーですわね。ジェーン様も頼りになりますわ。

「……クリス、大丈夫? ご家族に会ったのでしょう? まだ少し手が震えてますわよ」
「大丈夫ですわ。ミリアムが手を握っていてくれましたから」
「そう? 無理はしてはいけませんわよ。ついでにもう少し弱いところを見せてミリアム様とアーク様に甘えておいでなさい。女は隙を見せて甘えた方が殿方は喜ぶものですわよ」
「え、ええっ」

 そんなぁ、甘えるだなんて!
 両手を頬に当ててもだもだ。
 そんな事を言われて、想像してしまえば当然むず痒くなってしまうじゃないですか?
 でも、確かにまだ少し恐怖が残っている。
 お二人に甘えたら……甘やかして頂けたら……この恐ろしい気持ちも、きっと……。

「じゃあ少し休みますか?」
「いいぞ、別に。母上たちも来たから、少し休む分は構わないだろう。ずっと立っている必要はないしな」
「ミ、ミリアム、アーク……ですが……」

 突然後ろから両肩に大きな手が置かれる。
 聞かれてしまっていたようですわ。あわわ〜。

「そうね、少し休んで飲み物でも飲んでいらっしゃいな」
「パーティーはまだ始まっていないし、構わなくてよ」
「……あ、ありがとうございます、では……」

 フィリーの提案を王妃様たちも笑顔で許してくださる。
 王子殿下二人に左右をガッチリ固められて、逃げ場がないのもありますが……。

「ちょうどお腹も限界でしたの!」

 王族に用意された休憩室に入るなり、わたくしったらはしたなくも叫んでしまいました。
 するとお二人は一瞬「え?」という顔をしたあとパァァアァッ! と満面の笑顔に……。

「それでこそクリスだ。うんうん、それでこそだよ」
「はい、すぐにおやつを用意しますね」
「! 嬉しいです!」

 そうして持ってきてもらったスコーンに、ジャムやクリームをつけて頂きます!
 けれどあまり食べては余興に響きますから……このくらいで……。

「あれ、もういいのか?」
「はい、少しだけ……本当に少しだけ食べた方が……逆にお腹が空きますの……。余興用にもっとお腹を空かせておかねばなりません……」
「なんという大食いへの意識の高さ……さすがクリスです。僕は若干あなたの大食いへのこだわりを侮っていたのかもしれませんね」
「いいえ、そんな……。せっかくなので陛下やお客様に喜んで頂きたいのですわ」
「そうか、クリスは偉いな」
「素晴らしいです。偉いですね」
「えへへへへ」

 左右から頭を撫で撫でして頂けました〜。
 お二人に撫でられたので改めて頑張りましょう!
 そろそろ陛下もいらっしゃる……パーティー開始の時間です。
 会場に戻れば……あらあら、うふふ……お父様と敵対関係にある貴族たちで、空気は最高に楽しそうな事になっておりますわ。

「ああ、とても楽しそうな事になっているなぁ」
「思った以上の効果ですね。会場の隅から隅まで先程の話題で持ちきりのようで」
「は、はい」

 この国の貴族たちは血筋重視ですからね。
 平民から赤ん坊を買い取って育てて王子たちの婚約者に仕立て上げた、ともなれば話題にもなりますわ。
 その上、ようやく王子妃の両親として確固たる地位を得ようというタイミングで綺麗にジーン様に横から掻っ攫われたのですから。
 お父様の敵はもちろん、味方の方々にもよい笑い者でしょう。
 まあ、もっと恐ろしいのはお母様の『ご友人たち』ですわね。
 扇で口許は隠しておられますが、目が大変楽しそうに笑っておられます……こわい……。

「!」

 あ……あれはお姉様夫婦……。
 今は他の方とお話し中ですが、お姉様夫婦も到着されたのですね。
 話に聞いていたよりも仲良しに見えるのがなんとも恐ろしいですわ。
 そして今話しておられた方になにか聞いたのでしょう、一瞬顔をしかめたあと、真っ直ぐにお父様とお母様とお兄様の方へと歩み寄っていきます。
 ああ……先程の件を告げ口されたのでしょうね。
 お父様たちに確認を取って、そしてきっと頼まれるはずです。

「接触したな。よし、では父上を迎えよう」
「ふふふ、まだパーティーは始まってもいないのに……! 今夜は楽しいイベントが多すぎますね」
「た、楽しいでしょうか?」
「「とっても」」
「さ、さようですか」

 すっごいイイ笑顔ー!

「国王陛下のおなりです!」

 その時、陛下入場が高らかに宣言された。
 周りは拍手で陛下を出迎え、入ってきた陛下はいつも以上にご立派な姿をしておられましたわ。
 陛下のご挨拶を聞いている間に少しずつ、メアリお姉様がわたくしたちのいるところへと距離を詰めておられるのが見えて気が重くなります。
 いえ、まあ、エリザ様たちの計画通りすぎて……なんとも言えない気持ちになるのですが。
 一応他国からも王侯貴族の方々がいらっしゃっておられるので、そのなんとも轟々煮え滾るような怒りの眼差しでわたくしを睨みつけるのはおやめになられた方がよろしいのでは……と思ってしまいますわ、メアリお姉様……。
 お隣の旦那様も表情が引きつっておられますわよ。

「…………」

 しかしながらお姉様も敵が多いご様子。
 メアリお姉様と同年代のご婦人たちもお姉様の方を眺めて、目を細めている。
 お姉様が少しずつわたくしに距離を詰めているのは、あの笑っているご婦人たちが原因です。
 陛下の挨拶が終わったら、誰が一番にお姉様へ『ご挨拶』へ行くのかを窺っているのですわ。
 ……いえ、いえ……本当に女の世界とはげに恐ろしきものでございます……。
 というわけで、お姉様はその『ご挨拶』を交わすべく、他の誰よりも先にわたくしに話しかけてくるはずなのですわ。

「では、どうか皆々様、存分に楽しんでくれ!」

 わあ、と陛下の挨拶が終わった瞬間拍手が起こる。
 そしてそれは、同時に試合のゴングが鳴った瞬間でもございます。
 メアリお姉様が、ずんずんと真っ向からわたくしに近づいてきて立ち止まる。
 五年ぶりですが、お変わりないご様子……とは申し上げられそうにない険しいお顔。
 もちろん、表面上はお美しいですわよ?
 ……眼が……。

「ミリアム殿下、アーク殿下、陛下のお誕生日心よりお祝い申し上げますわ」
「ありがとう」
「ええと、あなたは?」

 まあ、アーク様ったらわざとらしい!
 ……しかし、お二人がお姉様の顔をご存じないのは仕方ないのかもしれません。
 年代的に接点がない、というかあまり関わる機会がないのです。
 しかしこの一言は近くにいた方々からすると、先程の件に追随する『ネタ』ですわね〜……。
 だってこの一言で『婚約者の姉の顔を王子殿下お二人が知らない』と断言したようなものですから。
 それはもう「両王子妃になる娘の姉はまだ挨拶もしていなかったのか」と言われて致し方のない状況ですわ……!

「っ、クリスティアの姉のメアリでございます。お久しぶりですわ。なかなかお目にかかる機会がなく、本日はミリアム様とアーク様にお会い出来るのを楽しみにしておりましたの」
「そうでしたか。最後にお会いしたのがいつだったのか思い出せませんが……あなたがそうなのですね」
「…………」

 さすがお姉様ですわ!
 さりげなく「お久しぶり」「なかなかお目にかかる機会が」等々を混ぜる事で「初めましてではないですよー」とアピールされましたわね!
 ここでうっかり「何月何日にお会いしてます」なんて言おうものなら、アークたちにイチャモンをつけたと捉えられかねませんからね! 見事です!
 だと言うのにアークったら「最後にお会いしたのがいつだったか」だなんて追撃!
 お姉様、笑顔を浮かべてやり過ごしましたわ! 賢明ですわ! さすがです!
 笑顔の下で恐ろしい戦いですわね……!

「ところで、わたくし先程到着したばかりですの。ご挨拶まわりをしていたら実家の両親にあなたが家を出ると聞いたのだけれど……本当なのかしら?」

 ああ、やはり斬り込んでこられましたわね。
 思ったほど回りくどくせず、比較的ストレートに殴り込んでこられましたわ。

「はい。ジーン様からご提案頂きましたの。本日この日まで後ろ盾になって頂いた事には感謝しておりますわ」

 とは言え、わたくしの戸籍が登録されていなかったのは意図的なものだろう。
 お父様もお母様も、そしてこの様子だとお姉様も知っていて放置して忘れていたに違いない。
 血筋を重視するあまり、忌々しい平民の赤ん坊を自分たちの家族として法的に迎え入れる事に嫌悪を持っていたからだ。
 だから手続きを躊躇い、放置している間に忘れた。ちょっと笑えないドジっぷりですわ。
 わたくしが赤子の頃に終わらせておけば良かったのに……。
 まあ、それはさておきあまりお世話になった記憶も、育てて頂いた記憶も曖昧なのであえて『後ろ盾に』という言葉を使ったのですが、どうかしら?

「……まあ、育ててもらった恩を返そうとは思わないのかしら?」

 副音声に「平民風情が」と聞こえた気がしますが、わたくしも笑顔で小首を傾げるくらい出来ますのよ。
 ……そうなんですよね……そうだったんですよね……。
 お父様もお母様もお姉様も……ずっとわたくしをそう思っておられたのですよね。
 お兄様だけはどう思っておられたのか分かりませんけれど……わたくしはロンディウヘッド家で一人だけ、血の繋がりがなかった。
 平民の子どもだった。
 だから……ずっと——……。

「……そこまで言うのなら父のための余興に付き合うつもりはないか?」

 あらまあ、ミリアムが斬り込みましたわね。
 ちらりと見上げると、アークよりイイ笑顔〜!
 さすがご兄弟、たまにものすごくそっくりになりますわ〜!?

「余興でございますか?」
「ああ。決闘制度を利用して……と言えば分かるか?」
「っ……」

 さすがのお姉様も最初は『余興』だけでは分からなかったはず。
 でもミリアムが情報をつけ加えれば察したのだろう、表情があからさまに強張りましたわね。
 さて、そろそろわたくしも苦手な『煽り』をやりますわ。
 お姉様とは、戦わなければいけませんもの。

「ミリアム、お姉様は無理ですわ。だってお姉様はわたくしに負けるのが一番怖いはずですもの」
「ああ、なるほど、それでですか。だからいつも表立って、クリスに直接お伝え頂けないのですね?」
「——!」

 これは暗に学園の事を申し上げている。
 お姉様の息のかかった者が、どんな伝手でわたくしに学園で色々な嫌がらせをしておられるのか……わたくしどもは知っておりますよ、という意味でお伝えしたのだけれど……。
 ああ、顔色が悪くなられたのでお察し頂けたようですわ。良かった良かった。
 さあ、お姉様……これでお姉様は逃げ道がなくなりましたわよ。
 当然ですわよね。だってアークが知っているという事は、それを調べたのは王家、という意味ですもの。
 お姉様はわたくし憎さに暴走し過ぎたのです……それこそ王家が直接調べて把握しているほどに。

「…………ど、どこまで……」
「夫人の心当たりがある事はすべて、とお考え頂いて構わない」

 ミリアムの一言で全身が震え始めるお姉様。
 ちらりとお姉様の旦那様を見ると、まあ……あちらも顔色が悪うございますわね。
 お姉様の所業をもしかしてご存じだったのでしょうか?
 なのに自分の浮気の事などを見逃してもらっているから……好きにさせていた?
 ……頭が痛いですわ……いくら政略結婚とはいえ、仮にも伯爵家の当主でしょうに……。

「これは名誉挽回の最後の機会ですよ、マダム。なんでしたら以前ジェーン嬢が用いた『代理制度』をご利用頂いても構わない。パーティーは始まったばかりで、まだ時間もありますしね」

 まあ、アークったら意地悪ですわ。
 パーティーの最中に集められる『代理人』なんてロンディウヘッド家……お姉様の実家の関係者のみでしょう。
 だって他の貴族たちは協力する理由がありませんもの。
 わたくしという『次期王子妃』を失うロンディウヘッド家に肩入れしても、得はありません。
 むしろ足の引っ張り合いを得意とする皆様は、ここぞとばかりに笑い者にしております。
 日頃の行いですわよねぇ、お父様、お母様、お姉様……。
 あとはお姉様の旦那様でしょうか……お父様とお兄様は強制参加と思われますが、お姉様の旦那様が加わると殿方が三人になるので厳しいんですわよね。
 まあ、それでも相手にとって不足なしですが。

「…………け、決闘は、申し込んだ側が申し込まれた側の有利な方法で戦うのがルール……」
「ええ、ですがあなた方に準備している()()()()()()()()?」
「っ……!」
「こちらはどちらでも構わない。余興用に『準備』があるだけだからな。あなた方につき合ってもらわなくとも、予定通りに余興が行われるだけだ。アークの言う通り、これはあなた方への『最後の機会』だ。その機会を棒に振るのも利用するのもあなた方の自由」
「僕たちのクリスに色々『悪戯』してくださったのですから、この程度の意趣返しで済むのなら可愛いものだと思いませんか?」

 あ、アーク、ミリアムそのあたりでやめませんか?
 完全に脅しですわよ……こわいこわいこわい!
 血は争えないと申しますか、王妃様方にそっくりな顔になってます!

「…………っ……」
「さあ」
「どうされますか?」

 …………こわい。ミリアムとアークが、こわい……。
 お姉様が可哀想になってきました。
 お姉様、負けないで。
 いえ、なんかもうお姉様たちには選択肢がないのですけれども……。

「…………や、り、ます……」
「そうか、では伝えておこう」
「父上や他国からの来客方々もおられますから、やはり派手な方がいいですよね〜。ご参加頂けてありがたい限りです」

 ああ、なんてイイ笑顔〜〜〜!
 二人の笑顔に悪意しかないですわ〜!

「では時間になったら呼ぶ。せいぜい人数を集めておくんだな」
「楽しみにしておきますね。行きましょう、クリス。父上のお客様にまだ挨拶が残っておりますから」
「は、はい。それではお姉様、後ほど」
「…………」

 お姉様……あんなに怯えたお顔でプルプル震えて……。

「っ!」
「!」

 睨まれてしまいましたわ。
 あ、あれ怒りの震えでしたのね。さ、さすがですわー……。

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