腹ペコ令嬢は満腹をご所望です!【連載版】
「ぱく」
((こんな話の中でもやっぱり食べ続けるのか))
「ぱく」
しかし、アークの言う通りこのままではまだ足りないのですわね……食糧的なものが。
やはり国内で安定的に生産、収穫出来るものが好ましい、と。
うーん、なにかいいものはないでしょうか?
問題は魔獣被害なんですわよねぇ……魔獣は、それは毎回現れれば騎士団や冒険者に討伐依頼なども出るので、一定量から増える事はないのですが……やはりこの国に守護獣や精霊獣がいない事が問題なのでしょうね。うむむ。
「ぱく。ぱく。ぱく。……もぐもぐ……」
たってミリアムの作るご飯が世界一美味しいです。
でも、ケーキが食べたい気分ですわ……ミリアムの作った……特にショートケーキとチョコレートケーキは無敵です。
わたくしを拒食症状から救ってくれたのは、ミリアムのケーキですもの……!
好き、好き、大好き! 毎日百個くらい食べたいです!
「…………。木に実る果物はどうでしょうか?」
「「木?」」
「はい、この国に出る魔物はだいたいが大型の四足獣型だと習いました。高い木の上に実る果物なら、魔獣に荒らされにくいのでは……」
「…………。……だが、うちの国は塩害がある」
「!」
ああ、海の近くだから、ですわね。
王都近郊は冷凍洞窟が多いせいで海岸沿いほど気温が高くない。
そのせいで植物は育ちにくいのです。
なのでヴィヴィズ王国の塩害に強い麦品種は、海側で育てられているのですわ。
さらに、海の幸。大きな山でもあれば、塩害が国の中心部まで届く事もないのでしょうけれど……森や林を作ると作物を育てる場所がなくなってしまいますからね……うーむ……いえ、それならやはり……。
「ヤシの実はどうですか?」
「ヤシの実? あの塩害対策に砂浜に植わってるやつか?」
「確かに大きな実はなりますけど……」
「ココヤシジュース、わたくし飲んでみたいですわ」
「「?」」
「…………?」
あれ? これは、もしかして?
もしかしなくてももしかするやつですか?
「ココヤシの実を、割ったりは……」
「あれ割れるのか!?」
「あれ割れるんですか!?」
おっと、やはりですか!
「ココヤシの木の実は割れたはずですわ。中にジュースが入っているんだそうです」
「ええ、そうなのか。さすが食べ物には詳しいな」
……これは褒められてます?
「でも、果汁、という事ですよね? それは食べ物になりえるんですか?」
「果汁があるという事は果肉もあります。果汁はスープや、油などの生活用品に加工出来ますし、冷凍洞窟で固めてシャーベットやアイスにも出来るはず。それから、デンプンなどを使えばゼリー状にもなりますわよね。色々使えますわ」
「なるほど……」
「わたくしも食べた事がないので、実物があればよいのですが……」
「だがまず、ココヤシの実を果汁をこぼさずどう割るかが難しいのでは?」
「うっ、そうなんだよな。……その辺りはクリス、なにか知らないか?」
「えっと……」
うーん、それを言われるとわたくしも……前世テレビで見た時は、ペンチみたいなもので穴を開けていたような?
そもそも、魔法はなくとも剣はあるのがこの世界……魔獣が出ますからね……ので、剣——刃物はそれなりに立派なものがあるはずです。
あら? それじゃあ、別にヤシの実を割る用の刃物を開発すればよいのでは?
「ヤシの実に穴を開ける装置、刃物を作れませんの?」
「「…………」」
……そんな「その手があった」みたいなお顔をお二人にされるとは思いませんでしたわ。
異母兄弟の割にこういう顔はそっくりで双子のようですわよね、このお二人。
「なるほど盲点でした。そう言われてみるとそうですね。でも、それ専用の形の刃物を造るというと予算が……いや、捻り出す事は出来ますが……」
「とりあえずココヤシがどの程度有用かをもう少し調べてみよう。油になる、と言っていたな? クリス」
「はい。本で読んだ事がありますわ。どの本だったかは……覚えていませんが……」
本当は前世のテレビの知識ですわ。
時間だけはありましたから、エリザ様の前世の彼女と話す時以外はほとんどずっとテレビを観ていたのです。
「確か、実の中にある種子を割った中にある胚乳を乾燥させて圧搾して搾り取るのではないでしたかしら?」
「普通の植物油のように採れて使えるのか」
「しかし身が大きい分量も他より期待出来そうですね。ココヤシの油なんて他国の輸入品にもないですから……成功すれば新たな特産物になり得るかもしれません。まあ、ココヤシ自体は海沿いの国々では一般的なので……すぐに真似されて値の張るものにはならなくなるでしょうが……」
「しかしそれでも油はいいな! 使い道が多い」
「そうですね。市民にも浸透すれば、消耗品として多く長く作っていける……根づくかもしれません」
「…………」
お二人が考える事は未来……この国のずっと先の事なんですね。
はわー……さすが王子様ですわ。
「事前投資してもよさそうですね。ありがとうございます、クリス。調べてみます」
「え、あ、は、はい! わたくしもヤシの実ジュース楽しみにしております!」
「ヤシの実ジュースかぁ……聞く限りものすごくタップタップに果汁が入ってるんだろうな」
「はい!」
「クリスが中身を知っているという事は、先人たちの中にはあの硬い身を砕いた者がいるのか……すごいな」
「すごいですね」
「砕いたというか、割ったというか……」
ああ、そういえば……ヤシの実の特集では——。
「実の、皮の部分。あの硬い木の部分を削って木彫りのようにしていたような……」
「「木彫り?」」
「はい。あの形を利用した人形のような……」
……あら? 人形……? 置物? 小物入れ……?
まずいですわ、記憶がとても曖昧ですわ。
どっちだったでしょうか?
「すみません、よく思い出せません……勘違いだったかも……」
「なるほど……それならこの国独自の民謡品として職人に作らせれば、他国は他国で自国のオリジナルデザインを作るだろうし……」
「そうですね、土産物としては人気が出そうです。実大きさも手荷物の中に入れて持ち帰られるサイズですし……加工していけばいろんなものが作れる……すごい! 素晴らしいですクリス! その案、ぜひ採用しましょう!」
「は……あ、ありがとうございます……?」
なんかイケたみたいです?
「でもアーク、わたくしココナッツジュースが飲みたいです。アイスを載せて、赤い果実を添えて!」
「なるほど、それも採用で」
がしっ、とアークと手を組み合います。
ココナッツジュース、採用決定ですわ。楽しみです!
「卒業後は忙しくなりそうですね、ミリアム」
「そうだな。……でも、お前、それじゃあ……」
「僕は卒業後、公爵位をもらってミリアムの補佐を努めます。クリスもこれまで通りお城に住めばいい」
「……え、えっと、その……?」
ミリアムを見る。
ミリアムはアークを見つめ、少し申し訳なさそうに俯いた。
「まあ、お前がそれでいいなら……いいけどな……」
「?」
「調査は一年程度で終わりますよ」
「…………」
「あの?」
どうしたのでしょう?
ミリアムの様子が……アークがどうしたので……あれ? 一年? 調査? ……ヤシの実は主に海岸部に……あ……。
「い、言ってしまいますの!?」
「ええ、でも馬車で一日くらいですから。いつでも帰ってこれますよ」
「…………」
離れ離れになってしまう?
そんな……一年って……この世界の一年って結構長いですわよ?
週が前世よりも日数少なく、一年が二十八月もあるんです。
「その間、花嫁修行頑張ってくださいね」
「へ」
「調査が終わってよい結果が出たら、一年後に結婚しましょう」
「けっ……」
けけけけけけけけ結婚!?
「えっ、えっ、え、えっ」
……結婚に関して、ミリアムは本当に賛成なのでしょうか……?
思わずミリアムを見る。
にこり、と少し困ったように微笑んでおられますが……。
「仕事は忙しくなるでしょうが、落ち着いたら三人で結婚式をしましょう」
「そうだな。二年後辺りがいいだろうか?」
…………さ、賛成なんですか……。
ちょっと、なかなかの衝撃が……
五個目のハムサンドを口に入れて、もぐもぐ。
お二人の提案ですとわたくし、再来年には王子妃になってしまいます。
もぐもぐ。
……ミリアムと、アークの……妻……。
「…………」
((なんでこのタイミングで照れるんだろう?))
あ、あああ、でもでも大丈夫です、覚悟は決まっております! わたくしはミリアムもアークも大好きです! お二人とも、料理が美味しいですから……! もぐもぐ!
ミリアムのケーキは世界一ですが、アークのメニュー選抜の腕前は素晴らしいものがあります。
わたくしが今食べたいものを、なぜか正確に的確に当てられるのです。
アークにはそういう特殊能力があるのかもしれません。好きです!
(まあ、幸せそうに食べてるから別にいいか)
(食べてる時が一番可愛いですよね)
(食べ出る時が一番可愛いよなぁ)
お二人がそんな事をアイコンタクトだけで話し合っているなどと知る由もございません。
ホットドックが、美味しいのです!