腹ペコ令嬢は満腹をご所望です!【連載版】
 
 気づけば卒業パーティーの日です。
 わたくしは今日のために特注した、苦しくないコルセットで優雅にアークにエスコートして頂きました。

「わあ〜〜! 今日も美味しそうですわ〜!」
「たくさん食べると思って、席を用意しておきました。あちらに座ってゆっくり食べてくださいね」
「…………! いただきますっ!」
「クリス、こちらのお肉もお皿に取り置いておきますね」
「はい! アーク、ありがとうございます!」

 ぱく、ぱく!
 ん〜、美味しいですわ〜!
 後ろから「あれがなければ完璧な美男美女カップルなのに……!」という嘆きの声が聞こえるような気がしますが、お腹が空いている時の幻聴でしょう。

「クリス、ケーキ出来たぞ」
「ミリアムのケーキ!」

 なんという事でしょう!
 今日は卒業パーティーなので、生徒会長だったミリアムは生徒会長として、王族として、王太子としての挨拶があります。
 その前に、朝から焼いていてくださったホールケーキをわたくしに与えてくださいました!
 ショートケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキにフルーツケーキ……素晴らしい彩り!
 完璧なフォーム!
 興奮が抑えられません!

「ありがとうございますっ!」
「ふふふ、たくさん食べておけよ」
「はい! たくさん食べます!」

 頭を撫でて頂けました!
 これはますますたくさん食べなければいけませんわね!

「食べてる時のクリスは本当に可愛いですね、ミリアム」
「可愛いな……」
(((殿下たちが甘やかすから!!!)))

 ああ〜、ほっぺが落っこちそうですわ〜!

「美味しいです……美味しいですわ。これも、んん……もぐもぐ〜……」

 本当に、美味しいものを食べられるってなんで幸せなのでしょうか。
 前世は病気で最期の方はまったく固形物を受けつけませんでした。
 クリスティアに転生して、前世を思い出した頃も父に毎日叱られてなにも食べられない状態。
 おかげですっかり、骨と皮のガリガリ令嬢。
 しかし今ではいくらでも美味しいものが食べられます!
 チキン、ビーフ、ポークのステーキ。
 塩と胡椒で味つけされただけの、実にシンプルな料理です。
 けれどだからこそ、肉の旨味、脂の甘さが引き立ちますわ。
 焼き立てのそれらは噛めば噛むほど脂の旨味が口の中に広がり、塩と胡椒の風味が鼻を抜けていく。

「! はっ! この新鮮な緑の香りは——!」

 ああ、お肉だけではいけませんわね、サラダもちゃんと食べましょう。
 新鮮で瑞々しい、シンプルなレタスだけのサラダ。
 大根やにんじんの根菜を千切りにした、シャキシャキサラダ。
 葉物野菜の他にプチトマトやパプリカが添えられた、彩り鮮やかなサラダ。
 カボチャに生クリームを加えたクリーミーなカボチャサラダに、定番のポテトを煮込み、柔らかくなったものをすり潰したポテトサラダ。
 モッツァレラチーズとトマトのサラダに、フルーツサラダ!
 サラダは可能性が無限大です。
 同じサラダもドレッシングを変えただけで、別物に変身します。
 和風、シーザー、パプリカ、オニオン、ヨーグルトに胡麻、タルタル、レモン……さすが貴族の舞踏会の食事です!

「ご機嫌よう、クリス、ミリアム殿下、アーク殿下……って、やっぱりもう食べておられますの?」
「フィリー!」
「クリス、なにかお飲みになりなさい。ほら、まずは水」
「はい!」

 フィリーがお水を差し出してくれたので頂きます!
 ジェーンは去年卒業してしまったので、いないんですよね。
 結局フィリーはずーっと卒業までわたくしのお世話を焼いてくれましたわ……今日で最後だと思うと寂しいです。
 いえ、もちろんこれからも会う事は出来ますけど。

「フィリアンディス嬢は結婚が決まっているんですよね」
「はい、エーデ侯爵家に嫁ぐ事が決まりましたわ。わたくしのような者を見染めてくださり、ありがたく思っております」
「「…………」」

 殿下たちはにこりと微笑んでおられますが、内心は穏やかではないんでしょうね。
 フィリーの嫁ぎ先はいわゆるわたくしの元実家、ロンディウヘッド侯爵家の後釜です。
 思想もよく似ているので、殿下たちは警戒しているんですのよ。
 でも……。

「王家にとって替わろうなどという不埒者は、わたくしが中から鍛え直して差し上げますわ」
「……そうですか」
「まあ、お前ならば安心だな」

 わたくしの友人、という事で利用価値があると思われたのでしょうが……さて、エーデ侯爵家が取り込んだのは利用価値のある者なのか、それとも……どちらでしょうね?

「お嬢様、こちらを」
「まあ! ありがとうルイナ、ちょうど欲しかったんです」

 もちろん、スープも忘れてはいけません。
 オニオン、コンソメ、トマト、カボチャにコーン……まるでスープバイキングです。
 スープは使用人の方にお願いしなければ温かいものが飲めません。
 ここにあるのはすっかり冷めております。
 しかしやはりコンソメスープは優秀ですわね、冷めてもとても美味しいです。
 おっと、ここで頼んでおいた温ためて頂いたオニオンスープが運ばれてきましたわ。
 温かなオニオンスープには硬いパンを浸して、チーズを載せましょう。
 やはりこれがないとオニオンスープを食べている気分にはなりませんわよね!

「美味しいです〜」
「良かったわね」
「あ、ねえ、あちらに新しいケーキが並びましたわよ!」
「ま、まあ!」

 先にメインを頂いてしまったのでもうスイーツに移りましょう!
 はぁ、と、うっとり吐息が漏れてしまいます。
 わたくし専用のテーブルに用意されているのは、ミリアムの手作りケーキですもの!
 ホールケーキが十個! 所狭しと並んでおります!
 なんて! なんて素敵な光景なんでしょうか……!
 よだれが止まらなくなりそうですわ〜!

「やはりショートケーキから……」

 ミリアムのショートケーキ……わたくしとミリアムを繋いでくれた、思い入れのあるケーキです。
 いざ、とお皿を持ち上げる。

「クリスのこの食べっぷりを見るの機会も減ってしまうんですわね……」

 しみじみと、フィリーが呟きます。
 そうですね、とアークが同意すると、わたくしもなんとなく寂しくなってきました。
 寂しい、なんて……虚無だった頃のわたくしにはない感情。
 席に戻ってからフォークでケーキを一口サイズに切る。

「…………」

 これから、卒業したら……わたくしとミリアムはお城でそれぞれの仕事と勉強をする。
 アークは海岸沿いの町や村でココヤシの研究と調査。
 フィリーは侯爵夫人として結婚して家に入る。
 会える機会は減る……会えなくなるわけでは……ないですけれど……。

「…………やっぱり」
「ん?」
「「?」」
「誰かと食べるから……美味しいんですね……」

 食べるという事は──幸せなのです。
 食べられるという事は……幸福な事なのです。
 食べ物とは、愛なのですわ。



 卒業した数年後、『腹ペコ令嬢』は『腹ペコ王妃』と呼ばれるようになりました。
 けれど、それは彼女を蔑めての呼び名ではありません。
 毎日幸せそうに、愛する旦那様たちに囲まれて食べるその姿に、愛情を込めて呼ばれているのです。

「クリス、今日はなにが食べたい?」
「ケーキが食べたいですわ!」





 たくさん。たくさん。その愛を。
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