音楽を捨てた理由
人気歌い手の引退に世間は騒ついたが、心音はTwitterのアカウントを消し、歌い手たちの連絡先も消して完全に音楽を捨てた。

楽しかったはずの音楽は、心音の場所にどこにももう存在しない。ピアノも、歌も、何もかも心音はやめたのだ。

「心音、そんな暗い顔しないの」

機材たちを見つめていた心音は、ふわりと森尾に抱き締められる。優しい体温が心音を包んだ。

「森尾……!」

心音は後ろから抱き締められ、恥ずかしさを感じるが胸を高鳴らせている自分がいる。今ある幸せな日々は、歌い手をやめてこそ手に入ったものだ。

「辛い時は俺が話を聞くから。だから一人で抱え込まないで」

「うん……!」

心音は振り向き、森尾に優しくキスをする。そして互いに真っ赤な顔をしながら笑う。

こんな幸せな日々が今度こそ続けばいい、そう心音は思った。



心音の仕事は美容師だ。朝ご飯を食べた後、心音は駅の近くにある美容室へ向かう。今日も何人もの人の髪にハサミを入れなければならない。

「初めまして!担当させていただく村松です」

「あ、よろしくお願いします!」
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