【電子書籍化】氷月の騎士は男装令嬢~なぜか溺愛されています~(旧:侯爵令嬢は秘密の騎士)
「わかった! シュテルね。私はベルン」
ベルンシュタインは屈託なく笑ったから驚いた。心の中が満たされていく。彼には壁が必要ないのだ。
「じゃあ、ベルン、フェルゼンお茶にしよう!」
「「うん!」」
そういって、三人で駆け出した。
こんな風に、僕たちの関係は始まった。
ベルンはめったに王都に来ないけれど、会えた時は三人で馬を駆ったり、お忍びで街を歩いたり、たくさんの秘密と時間を共有したのだった。
・・・
こうやって時を積み重ねて来た僕らだけど、なかなかベルンは僕の好意に気が付かない。幼馴染で男同士。だから難しいところもある。好きだと何度言ったって、真面目には聞いてもらえない。かといって、今まではごり押しする勇気もなかった。
やっぱり、今の関係を崩したくないという気持ちも強いからだ。でも、チャンスがあるなら諦めたくないとも思う。
特にクラウトが現れてから、正直僕は焦っている。
きっとクラウトはベルンに恋に落ちたに違いない。
そうでなくてもベルンはフェルゼンと仲が良すぎる。
もっと早く出会いたかった。フェルゼンより一日でも早く出会いたかった。
そうすれば僕の方がフェルゼンよりベルンの側にいられるのに。
フェルゼンはズルい。幼馴染というだけで、当然のようにベルンといつも一緒でズルい。
僕だって思ってる。男の中の男のような、フェルゼンならベルンに釣り合うかもしれない。
でも、僕の方がベルンが好きだ。
女が好きなフェルゼンよりも。
僕はベルンが良い。女なんかよりもずっといい
だから焦って、軍にいる間だけは僕のもののふりをするように言ってしまった。
嘘でもいいから。演技でいいから、僕の側にいて欲しい。
そう思って、唇に触れても逃げ出さないくせに、僕を利用するのは嫌だというのだ。
そして僕は気が付いた。
ベルンは自分を守るために人を利用したりはしない。僕の王子としての力に期待しない。
だから僕はベルンが好きで、そんなベルンが好きなのに。僕はいったい何をやっているんだろう。
そう思って反省した。
それなのに、討伐中に現れたアイスベルクの騎馬隊長ウォルフ。
ベルンの領地の幼馴染で、形だけは『ベルン様』とは呼ぶけれど、敬語のない親しい仲だ。名前の通り雄々しい彼は、その存在だけでベルンを安心させてしまう。それがわかるから悔しかった。
クラウトにだって、ウォルフにだって、他の誰にだって、ベルンを譲る気なんかない。
だって、心配なんだ。みんながベルンの魅力に気が付いてしまったから。
無自覚なままのベルンでは、クラウトみたいなやつに狙われたらどうなってしまうか分からない。
だってほら、僕にだってこんなに警戒しないのだから。
男色を教えたのに、肩を組んでも平気。唇に指で触れても平気。どこまで平気で触れさせてしまうんだろう。僕だから? 男だったら誰も警戒しないのか?
残酷なくらい意識しない、そんなベルンが可愛くて、憎い。
意識、させたい。
テントの中で薬を塗るときだけは二人きりだ。
だから僕はわざと甘える。
ベルンはときに戸惑って、困った顔を見せるけどそれすらも嬉しかった。
きっとフェルゼンも知らない顔。
テントの中だけは、僕だけを大事にしてくれる。
氷の魔法で冷やされた指先が、傷に薬をのせていく。
柔らかな感触が胸を押して、僕はその度に小さく震える。
感じてはいけないのに、愛撫のように受け取って喜んでしまう素直な身体。
だっていけないのはベルンなのだ。
壊れ物のように、宝物のように、大切に大切に触れてくれるから。鼻と鼻をこすり合わせても、逃げようともしないんだから。
最後の日、僕は勇気を出してお願いした。
ここでしか言えないお願いだ。
傷が治るまで側にいて欲しい。
ベルンは簡単に、理由がなくても側にいるなんて答えてくれるから、僕は思わず引き倒した。
これ以上は友達の距離じゃない。幼馴染みでいられない。わかってる。でも、欲しい。この先のベルンを知りたい。
好奇心だけなら踏み越えられない。友だちの壁は厚い。それでも、このままでいたくない。誰かに先を越されたくない。
抵抗しないベルンに泣きそうになる。学校では見たことのない緩く弛んだ髪がベッドに落ちる。
顔をそらす首筋が赤く熟れていて食べて欲しいと誘っているくせに、青すぎる睫毛が小さく震えて、僕を恐れている。サラマンダーにも果敢に立ち向かうベルンが、熊を倒してしまうベルンが声もあげずに震えている。
だって、そんなの、許されたと思うじゃないか。
抵抗しないないベルンに見とれて、僕はすべてを捨てても良いと思った。
そのまま口付けようと思ったら、タイミングよくお邪魔虫のウォルフが現れた。
ベルンがテントに入るときは、いつもウォルフが外で待っている。忌々しく思う。
せっかくフェルゼンがいないのに、二人っきりになれない。
「スノウとレインを連れてくるね」
ベルンがテントを出た瞬間、ウォルフが睨むように僕を見た。
「殿下に言っておく」
不遜な物言いだ。
「我がアイスベルクの領主の子息を、使用人のように使うのはたとえ王子とて許さない」
「使用人? バカにするなよ。ベルンは僕の愛しい人だ」
「だったらなおさら、なりません。殿下」
男同士であることを罪とするなら。
「君だって同じ癖に」
言えば、表情を凍らせる。
「オレは、違います」
何が違うのだ。ベルンのことが好きなくせに。そんなことで怯える男に、僕が負けるわけにいかない。
「僕はすべてを失う覚悟があるよ」
「ベルン様のすべてを奪う覚悟ではありませんか」
怒りに満ちた非難を、王族に向けることすら躊躇わない声。
「貴方一人で行くなら地獄でもどこでもどうぞ。ただしベルン様を巻き込むな。あの人の築き上げてきたものを、奪う資格なんか王子にもない」
こいつは本気でベルンが大切なのだ。だからといって引いたりしないけど。
「僕は天国に行くって決めてるんだ」
キッパリと答えて僕はアイスベルクを後にした。