あたしの初恋~アイドルHinataの恋愛事情【5】~
09 合コン。
いつもの『アイスティー』のグラスを手に、さっきまでいた席に戻る途中。
お店の入口から少し入ったとこで、あたしは大事な片割れを見つけた。
「SHIO!」
呼び掛けると、片割れのSHIO――汐音は、くるりと振り返って、
「あぁ、よかった。思ってたより人が多いから、見つからないかと思った」
「ホント、マジですごくない? きょうの合コンって、芸人さんが多いよね」
「合コン? ……あんた、また何言ってんの?」
「……あれ? ち、違った?」
「念のため聞くけど、奈々子の中では『合コン』ってどういう意味なの?」
「んー……『楽しいパーティー』?」
あたしが答えると、汐音は苦笑い。
「まぁ……それならきょうも『合コン』ってことになりそうね」
汐音と一緒に席に戻ると、待っててくれてた芸人さんたちがいろんなネタを見せてくれた。
あたしは(世間には知られてないけど)大阪出身だし、お笑いは大好き。
ちなみに、汐音の出身は、……えーっと、実は地名を聞いただけだと全然分かんなくて、なんとか理解できたのは、『日本地図の上の方』。
お笑いは『好き』とか『嫌い』の前に、『よく分からないから楽しめない』んだって。なんだかちょっともったいないよね。
でも、こういうのって『教えてあげられる』ものでもないし。あたしも、汐音の好きなコトにはキョーミなかったりするし。オタガイサマってやつ?
ま、キャラ的にもニコニコ笑顔担当は、あたしだし。別にいいんだけど。
「あ、そうだ。なーこちゃん、一緒に写メ撮ってくれない?」
携帯を片手に近づいてきたのは、いま人気急上昇中の若手お笑いコンビ『ぽんにゃ』の金井さん。
あたし以上にお笑い大好きな諒クンも、実は密かに『ぽんにゃ』が大好きだったりする。
……そうだっ。あとであたしの携帯でも写メ撮ってもらって、今度諒クンに自慢しよっ。
「いいっすよぉ。ぜひぜひっ」
顔を寄せて、3……2……1……カシャッ!!
「あっりがとうぅ~なーこちゃんっ。うわぁ~、さっすがアイドル。写メで撮ってもカワイイなぁっ」
「そうっすかぁ? ありがとうございますっ。あの、今度はあたしの――」
「あぁああっ!! 金井、ズルイやんっ。なーこちゃん、今度はオレと一緒に写メお願いっ!!」
「……あ、もちろんっ、いいっすよっ」
……って、写メお願いするタイミング、完全に外したっ。
でもここは、笑顔をキープ。これもある意味、『仕事』の一つ。
天然キャラ(のつもりはないんだけど)で、ちょっと不良(だったのは、ハハとアニなんだけど)っぽくて、でも、ときどき見せる天使の笑顔(には自信アリっ)。
そんな『Andanteなーこ』をキープする方が、諒クンに自慢するための写メより大事なんっすよ。
「じゃぁ、今度は俺もっ」
周りにいた芸人さんたちが、次から次へと携帯片手にやってくる。
あれもこれも全部、『仕事』だし。笑顔、笑顔っ。
……でもね、ショウジキ言うと。
『Andanteなーこ』をキープするより(もちろん、諒クンへの自慢より)、あたし的に、もっと大事なことがある。
だって、やっと会えたんだもん。
いまのあたしは『諒クンの妹』としてこの合コンに来てるんじゃないっしょ?
諒クンとの約束は、ちゃんと守ってるよ。だから……少しくらい、いいっしょ?
もっとたくさんお話したいよ、盟にぃ――――――――……あれ?
「なーこちゃん、次、オレらねっ。――はい、キムチっ」
「うわぁ、『はい、キムチ』って。おまえベタすぎて引くわっ」
いま……一瞬、盟にぃと目が合った……よね?
「ほな、何て言うたらええねんっ。『1足す1は、2ぃ~っ』か?」
「だからベタ過ぎるっちゅーの。芸人やったらもっとオモロイ何かあらへんの?」
目が合ったってことは、それって、盟にぃがあたしのこと、見ててくれたってこと……だよね?
うっきゃぁぁぁっ!! なんか、超うれしーんだけどっ!!
「おまえセンスないわぁ。芸人向いてへんよ。……なぁ、なーこちゃんも、そう思うやろ?」
「ふぇっ!? ええぇっと、……そ、そうっすねっ。あたしもそうかなぁ~って、思いますよっ」
あたし、訳も分からず笑顔を作って返事をすると、周りの芸人さんたちは(悲しそうな表情をしている一人の芸人さんを除いて)大爆笑(……あたし、また何かおかしなこと言ったかな)。
と、携帯を片手に持った『ぽんにゃ』の金井さんは、あたしの目の前までやってきて、
「ねぇねぇ、なーこちゃん、メアド教えて? いまの写メ送るからさっ」
……え、マジで?
全然、おっけーっすよっ(諒クンに自慢もできるしっ)!!
笑顔で口を開きかけた瞬間、テーブル下の足元に軽く何かがぶつかる。
――――『教えちゃダメよ。』
隣に座ってる汐音の声(っつーことは、さっきぶつかったのは汐音の足だね)。
「……あ、すんません、あたし、ケータイ持ってないんっすよ」
「ええ? いまどき? マジで?」
……ホント、『いまどき?』だよ。こんなウソ。
いいじゃん、別に。メアドくらい、教えたって。
『セイジュン路線は流行らない』って言ってんだから。
フツーに男友達作って、メールとか遊びに行くとかくらいしてみたい。
いつまでも、汐音から聞いた体験談だけじゃ、『Andanteなーこ』を作ってけない。
『なーこは変な男にひっかかって、利用される』なんて。
汐音も事務所も、あたしを心配してくれるのはウレシイけど。
あたし、盟にぃ以外の男のヒトにはキョーミないし――――――。
「……ちょぉ~っと、すいませんっ!! 盛り上がってるとこ、失礼しまっす!!」
芸人さんたちのカベの向こうから声が聞こえた。
「みなさんばっかり、ズルイっすよ。ボクらも、なーこちゃんたちとお話したいなって思ってたんですからっ」
カベをこじ開けてやってきたのは……うわぁっ!
『グレーのスーツを着た王子様』!!
盟にぃ(……と、直にぃ)の『営業スマイル』に芸人さんたちはタジタジ。
「と、いうわけで、このふたりお借りしますねっ! なーこちゃん、SHIOちゃん、おいで?」
盟にぃは、今度はあたしに向かって『営業スマイル』。
同時に、盟にぃの考えてることが頭の中に流れ込んでくる。
――――『奈々子、こんな若手芸人に囲まれてたって、つまんないだろ? 無理して笑顔作ってんのも、しんどいだろ? ボクが助けてやるよっ!!』
あ……、あたしのコト、心配してくれたんだ(芸人さんたちのお話は楽しいんだけど)。
やっぱり、(くどいようだけど、諒クンとは大違いで)盟にぃってばやさしいっ!!
「あ、はいっ。……ほら、SHIOも、いこ?」
「…………わ、わたしは……」
……ん? なんでかな。汐音の表情が、ちょっとカタイ気がするんだけど。
「せっかく声掛けてもらったんだし、行こうよっ」
それでもあたしは、お構いなしに汐音の腕を掴むと。
芸人さんたちに『営業スマイル』を振りまきながら、盟にぃ(と、直にぃ)の待っている
ところまで引っ張っていった。
「あ、ありがとっ」
あたしが小さな声でお礼を言うと、盟にぃは穏やかに笑って、あたしの肩をポンッとたたいた。
――――『……いやいや、かわいい『妹』のためだから、ね』
……ああぁ、やっぱり『妹』(がっくし)。
盟にぃとあたしとで、二人分(あたしと汐音ね)のドリンクを取りにいく。
汐音はいつもモスコミュールをよく飲んでるから、それでいいよね。
あたしは、いつもの『アイスティー』。さっき作ってもらった分は、もうすっかり空っぽだし。
受け取って、盟にぃと一緒に席に戻ろうとすると、バーテンさんに呼びとめられた。
「……あ、なーこさん、ちょっといいですか? なーこさんに、ちょっとお話したいことがあるんですけど……」
え、あたし、また何か変なコトしたかな……。
このお店でやっちゃったかもしれない『アレコレ』を思い出していると。
盟にぃが、あたしの肩をトンっとたたいた。
「なーこちゃん、ボク、これ持って先に行ってるね」
「え、あ、はいっ」
あたしがニコッと笑って返事をすると。
盟にぃの顔が一瞬固まって、次に、うんうんってうなずいて笑う。
……え、なになに、なんなのっ? 意味わかんないしっ。
っつーか、なんでこういうときって、考えてるコト聞こえてこないかなっ。
余計に気になるしっ!!