あたしの初恋~アイドルHinataの恋愛事情【5】~
10 名刺ゲット。
バーテンさんとのお話が終わって、おつまみのお皿を持って席に戻ると、汐音と直にぃはいなくて、盟にぃひとりだけが座っていた。
あたしに気づいた盟にぃは、くるっと辺りを見回した後、立ったままのあたしを軽く見上げて、
「SHIOちゃんは、……なーこちゃんの様子見てくるって言ってたけど。会わなかった?」
「うん」
「そっか……。店員さん、なんだって?」
「うん……。あのっ、隣、座ってもいい?」
「ん? あぁ、いいよ、どーぞどーぞ」
言いながら、盟にぃは軽く奥へとずれて、あたしが座れるくらいシートを空けてくれる。
うわぁ……なんか、超キンチョーするんだけどっ!!
こんな近くだし、周りの人はみんなこっち見てないみたいだし。
ちょっとだけ……フツーにお話しても、大丈夫、だよね。
「あのね、なんかね、店員さんのお友だちが雑誌の記者なんだって。それで、よかったらお仕事させてもらえませんか? って」
あたしが言うと、盟にぃの笑顔が、少しだけマジメな顔つきになった。
「……雑誌の記者?」
「うん。でね、明日、一緒にお食事でもしながらお話しましょって」
「……それで?」
「え?」
「当然、断ったんだろ?」
「……断ってないけど」
「はぁ!?」
叫んだ盟にぃの顔からは、完全に笑顔が消えてる。
汐音や事務所の人がいつもしてるのと同じ表情。
こういうのって『あきれ顔』っつーんだよね。
と、いうことは……。
「……あたし……マズイことした?」
もちろん、あたしだって、いくら仲良しのバーテンさんの頼みだからって、『お誘い→即おっけー』なんてしないよ。
バーテンさんがね、写真見せてくれたの。『この人たちなんだけど』って。
二十代後半くらいの男の人と、あたしと同じくらいかも? な女の人。
女の人の方は、バーテンさんが言うには、『テレビにも出たことがあるジャーナリスト』なんだって。
あたしもね、うっすらとだけど、見覚えがある(んだけど、どんなテレビに出てたのかまでは思い出せない)。
ほら、こういう仕事してると、イガイなところでイガイな人と共演ってこともあるし。
『ごあいさつ』しとくのが礼儀ってやつっしょ?
……と、思ってたんだけど。
腕組みをして考える盟にぃのこの表情からすると、なんかあたしの考えは間違ってたっぽい。
「『人を信じる』ってのは、悪いことじゃないけどさ。んー……ま、それがおまえらしいと言えば、らしいんだろうけど。……おまえさ、新聞の勧誘とか、ほいほいドア開けちゃってるんじゃない? 大丈夫?」
「あ……それ、このあいだ諒クンに言われた。『俺んちの来客にほいほいドア開けるなっ』って」
開けたら立ってたのが道坂サンだったのには、あたしもビックリしたけど。
「あいつんち行ってんの!? それこそ大丈夫なのか?」
「だって、同じマンションだし」
「……あ、そうなの? 相変わらずベッタリだな、おまえらは」
「……そうでもないよ? 諒クンは自分キジュンだし。いまは自分のことで大変なんじゃないかな?」
たぶんね、諒クンの頭ん中、イッパイだと思う。
なにで? って、もちろん、『道坂サンとの結婚』のこと。
『病み上がりで腹が減ったから何か持ってきてくれ』って言うから、あたしの部屋にあったカップラーメンとか持ってってあげたんだけど、この間。
あたしが何気なく、『結婚』の話をしたら、そっからもう諒クンってば、あたしの話も聞かずにずぅぅっと考え事してて。
そんな諒クンから、いつものように考えてることがポンッと飛んできたんだけど。
ねぇ、どんな言葉だったか、聞いてくれる?
――――『明日、仕事帰りに役所に寄って、婚姻届もらってこよう』
……だったの。ビックリっしょ?
気が早いっつーか、なんっつーか……。妹のあたしも、さすがにあきれちゃったっすよ。
ま、諒クンたちのことは、あたしが心配しなくても全然おっけーだし。
それより、いまはあたしだって、自分のことで大変なんっすよ。
隣に座っている盟にぃに視線を向けると。
盟にぃはガサガサと、自分のカバンの中から何かを取り出して。
何枚かのカードの中から一枚だけ抜き取って、あたしの前に差し出した。
ほんのりクリーム色のカードには、『中川盟』って、盟にぃの名前が書いてある。
その下に、……ケータイの番号と、メールアドレス?
「あいつがいないときとか、困ったことがあったらいつでも連絡して。あいつに比べたら、ボクじゃ頼りないかもしれないけどさ。……でも、ボクだって、あいつと同じように、おまえのこと大事に想ってるから」
言いながら盟にぃは、穏やかな笑顔をあたしに向けた。
『あいつと同じように』。
それって。
『諒クンと同じように』。
ってことっしょ?
…………や、もう、めげないっ!!
そう、何事もポジティブに考えなくちゃ。
盟にぃから受け取ったカードに視線を落としていたあたしは、顔を上げて笑った。
やっとの思いで再会して、ケータイの番号とメールアドレス、ゲットしたんだから。
きょう、このシュンカンが、あたしにとっての『ホントのスタート』。
自分の力だけでたどり着いた盟にぃに。
『カワイイ妹』じゃなく、ちゃんと『恋愛する相手』として見てもらえるように。
汐音と直にぃが戻ってきて、あたしと盟にぃの向かい側に並んで座る。
……あれ、気のせいかな。
普段、あんまり笑わない汐音の顔が、ちょっとだけユルいっつーか……。
あたしの隣にいる盟にぃとお話するときは、普通の顔なのに。
汐音の隣にいる直にぃとお話するときは……って、うわわっ!! マジでっ!?
」
汐音が、直にぃの……男の人の目ぇ見て笑ってるっ!! うっそでしょっ!?
近寄ってくる男の人を片っ端から冷たい視線で凍らせてる、この汐音がっ!?
――――『樋口さんなら、ちゃんとわたしの話とか聞いてくれそう。あのたーくんと違って……』
……え、いまのって、汐音が考えてたコト?
なになに、もしかして、汐音ってば直にぃにキョーミ持っちゃってんのっ!?
……っつーか、『たーくん』って、誰っ?
「みんな、仲良さそうね。楽しんでる?」
話しかけてきたのは、……うわぁっ、水谷サンだっ。
そうだ、さっきバレちゃったんだよね、水谷サンには。
あたしが盟にぃのこと、好きなんだ……ってコト。
あうぅぅ……お願いだから、ヘンなコト言わないでくださいよ、水谷サンっ!!
「おかげさまでっ。仕事以外で女のコと話す機会なんてあんまりないから、楽しいですよっ」
「あら、そうなの? 中川くん、カノジョいないの?」
「え? いないですよーカノジョなんて」
笑顔でそう言った盟にぃは、カシスオレンジのグラスを手に取った。
カノジョ、いないんだ……盟にぃ。
あ、もしかしたら『タテマエ』ってヤツかもしれない。
ポロッと話したことが、あんなこんななって、ババーンと週刊誌に載っちゃったりするトコだから、ゲイノウカイって(いつも、『発言には気をつけなさい』って、事務所の人にうるさく言われてるし、あたしも)。
でも、盟にぃの口から出てきた言葉だし。やっぱり、信じたいなぁ…………。
あたしは、自分の『アイスティー』を少しだけ、口に含んだ。
「だったら、なーこちゃんと付き合っちゃえば?」
ぶふっっっっ……!! ちょっっっ、ななな!?!?
「……は!? なな何言ってんっすか、水谷さんっ?」
盟にぃが、口元をぬぐいながら言う。
ホント、マジで、何言ってんっすかぁぁっ、水谷サンっ(『アイスティー』こぼしちゃったっすよ……ちょっとだけっ)。
「だって、さっきから仲良さそうにしゃべってるんだもん。お似合いだと思うわよ?」
「そ……そうですか?」
水谷サンと盟にぃの会話を聞きながら、あたしはテーブルをおしぼりでふきふき……(あれ、こんなにこぼしたっけ、あたし)。
な、なんだか、盟にぃの視線をすんごい感じるんだけどっ。
もうっ、水谷サンがヘンなコト言うから、キンチョーして顔上げらんないしっ!!
「おいっ、中川!! なーこちゃんのことエロい目で見るなよっ!!」
エ……エロい目っ!? 盟にぃがそんな目で見てるんっすかぁぁっ、直にぃっ!?
「は、はぁぁっ!? 直くん、何言ってんの!? そんな目で見てないっ!! 見てないって!!」
「必死に弁解するあたりが怪しいんだっつーの。その現場を動画に収めてやったぜ」
「や、やめてくれぇ!! マジ、勘弁してっ!!」
「中川くん、取り乱し過ぎだから……」
水谷サンは、クスクスッと笑う。
そんな水谷サンを見た盟にぃは、がくっとうなだれて、ため息。
「すんません、ボク、ちょっとお手洗い……」