あたしの初恋~アイドルHinataの恋愛事情【5】~

16 密室ノナカデ。

 
「とりあえず……座って」
 
 そう言って、盟にぃは部屋にどんっと置かれてるソファを指した。
『カエルのお店』の前で待っていたあたしの前に現れた盟にぃが、『お茶でもしながら話そうか?』と連れて来てくれたこのお店。
 盟にぃは『24時間のファミレス』って言ってたけど、どう見てもファミレスじゃない気がする。
 どっちかっつーと……カラオケボックス。
 びっくりするくらい、マジでチョーせまい。
 
「何か飲む?」
「……あ、えっと……じゃぁ、あったかい紅茶とか……」
「ん、分かった」
 
 盟にぃは、壁にくっついてるタッチパネルを……ピッピッピッと。
 たぶん、飲み物を注文してくれたんだと思う。
 
 ……気マズイ。
 さっきから、盟にぃの顔をマトモに見れない。
 
 ずっとガマンしてたのに泣いちゃって、メイクが思いっきり崩れてヒドイ顔だから。
 うん。それも、ある。
 
『人が来るから恋人がイチャついてるフリをしろっ』と盟にぃに言われて、『恋人同士のキス』ってヤツをしてしまったから。
 そう。こっちだよ、こっち。
 
 今年の初めに、そういうキスシーンのあるドラマに出てて、共演した岸田サンが『演技指導』とかなんとか言って、もうしつっっっっっこいくらいされて。
 恋人同士って、マジでこんなキモイことするの!? って思いながら、でもお仕事だし、ガマンしてがんばったけど。
 さっきのは、別に、撮影じゃないんだから、『恋人がイチャついてるフリ』っつっても、そこまでしなくてもよかったんだ。
 ……って、盟にぃが言ってた。
 
 岸田サンとは、ものすごく嫌だったけど。
 盟にぃとは、……嫌、じゃなかった。
 でも、ホンモノの恋人同士がそういうキスをしたいと思う気持ちまでは。
 わかんないな、やっぱり。
 
「おしぼりとか、足りなかったら言ってよ」
「えっ?」
「メイク落としたら、顔拭いたりするだろ?」
「あ、う……うん」
 
 盟にぃに言われた通り、メイクを落として。
 差し出された紅茶を、一口。
 ……あったかくて、おいしい。
 
「高橋と、何か……あった?」
 
 盟にぃが心配そうに、あたしの顔を覗き込んだ。
 
 そうだった。
 フリでした『恋人同士のキス』にドウヨウしてる場合じゃなかった。
 
 諒クンには『盟にぃを呼ぶ』って言ったけど。
 ホントは、迎えに来てもらうつもりはなかった。
 電話でお話聞いてもらえたら、くらいにしか考えてなかった。
 
 あたしが諒クンの妹だってこと。
 道坂サンが諒クンのカノジョだってこと。
 二つのヒミツを知ってる盟にぃだったら、あたしの気持ちも話せるかな、って。
 
「さっき……カエルのお店の、下のお店でね、諒クンに会って……。あたし、絶対……絶対、道坂サンに嫌われてるっ」
「誰に嫌われてるって?」
「道坂サン」
「……って、あの……お笑い芸人の?」
 
 あたし、コクリとうなずいた。
 すると盟にぃは軽く首をかしげて、
 
「道坂さんに……何かひどいこと言われた?」
「何も……何も言われてない。道坂サン、やさしいから……。理由もわからないけど……でも、嫌われてるのは、わかる」
 
 あたしから視線をそらしてうつむいた道坂サン。
 真っ黒な糸くずのかたまり。
 
「『嫌い』って、見える……わかるの」
「いや、でもあの人無愛想だから、嫌われてるように見えるだけじゃないのかなぁ……」
「そんなんじゃなくて……ホントに、嫌われてるっ。あたし、諒クンの妹なのにっ……」
 
 あたしが言うと、腕組みをした盟にぃはうぅ~ん……と考え込んで、
 
「奈々子さぁ、別にすべての人に好かれなくても、いいんじゃないか? もし、ホントに道坂さんに嫌われてるんだとしても、おまえのことを好きなやつの方が確実に多いわけだし……」
 
 そんなこと、ないよ。
 あたしのコト嫌いな人、たくさんいるよ。
 だけど、でもね。
 
「だって、ギリのオネーサンに嫌われるのは、イヤだよっ」
「は? 『義理のお姉さん』? ……あ、今度のドラマでそういう設定……とか?」
「……ドラマ? 違う……そうじゃなくて……」
 
 ……あれ? なんか、あたしと盟にぃ、話が合わなくない?
 
「もしかして、盟にぃ、諒クンから……聞いてないの?」
「聞いて……って、何を?」
「諒クンが、道坂サンと付き合ってるの」
「…………はぁ!? 高橋がっ!? あの道坂さんと!? そんな話、聞いてな――」
 
 盟にぃはそこでハッと口をつぐんだ。
 何かを思い出すように視線をうろうろとさせて。
 あぁっ!! と、驚いたような表情。
 
「……なんか、聞いてたみたいだ。全然、信じられなかったけど」
 
 えぇー!? どういうことっ?
 あ、諒クンの話し方がおかしかったんだよ、きっと。うん。絶対。
 
「ってことは、まさか、高橋がプロポーズしようとしてる相手って……あの道坂さん!?」
「そう……だよ? だから、諒クンが道坂サンと結婚するっていうのに、あたし……道坂サンに嫌われちゃったから、どうしたらいいのかなって……思って。もし、あたしのせいで、諒クンがプロポーズ断られちゃったりでもしたら、なんか……悲しいし」
「じゃぁさ、あれじゃないの? 高橋が妹の奈々子のことあんまりかわいがるから、道坂さんもヤキモチ妬いてるんだよ、きっと」
「そう、かなぁ?」
 
 別に、あたし、諒クンにかわいがられてないし。
 あ、でも、さっきの諒クン、『カワイイ妹に近付く悪いムシ(というのは大きなカンチガイ)』に怒ってたみたいだから、それで道坂サンもヤキモチ、ってこともあるのかも。
 
「うん、きっとそうだね。あ、そうだ。奈々子に彼氏でもいて、高橋から少し距離をおけば、道坂さんも少しは安心するんじゃない? ……っていうか、おまえ、いま彼氏いるの?」
「え? い、いない……けど」
「いないの? あ、じゃぁさ、なんだったら、ボクと付き合っちゃう? そこらの変な男なんかと付き合うより、高橋もいくらかは安心するんじゃない? ね、どう?」
 
 盟にぃは自分の顔を指差して、とびっきりの笑顔であたしに聞く。
 
「ホントに……?」
「えっ…………?」
 
 盟にぃの顔から、笑顔が一瞬で消えた。
 
「あ……な、奈々子……あの……」
 
 困った顔。
 盟にぃの考えてることが聞こえなくても、わかる。
 
 盟にぃは元気のないあたしを、――『妹』をはげますために、ジョウダン言ってるだけなんだ、って。
 わかってる、けど。
 
「盟にぃは、やさしいねっ。あたしは、大丈夫っ。お話聞いてもらって、元気出たしっ。ありがとっ」
 
 笑顔を作ってそう言うと、盟にぃは思いっきり安心したように笑った。
 
「え? あぁ、うん。全然……。話ならいくらでも聞いてやるよ。おまえの話は、聞いてて飽きないからなっ」
 
 ホントに盟にぃがあたしのカレシになってくれるのかな、なんて、期待しちゃった。
 ちょっとだけ、ね。
 
 
 
 
 
 
 
 テーブルに置いてあったおしぼりで顔を拭いて。
 持ってたメイク道具で、できるだけのメイク。
 
「でぇきたっ! こんだけしか持ってなかったから、まぁ、こんなもんかなっ」
 
 うん、こんなちょっとだけのメイクでも、カワイイ。
 っつーか、ハッキリ言って、ノーメイクでもカワイイけどね、あたし。
 
「じゃぁ、あたし、帰るねっ。盟にぃは、どうす――」
 
 言いながら立ち上がろうとすると。
 盟にぃが、あたしの腕をパシッと掴んだ。
 
「あ……いま、もう0時過ぎたし……。タクシー、深夜料金だしさ、朝までここで待ったら?」
 
 タクシー……っつーか、マネージャー呼ぶつもりだったんだけど。
 
「でも、盟にぃ、明日、朝早いんじゃないの?」
 
 確か、諒クンがさっき帰るとき、『明日、朝早い』って言ってたし。
 
「ボクは……大丈夫。明日、オフなんだ。あ……奈々子は、明日早い?」
「あたし? あたしも、明日はオフだけど」
「そ、そっか。じゃぁ……朝までここに……いてよ」
 
 あたしの腕をつかんだまま、盟にぃは言う。
 
 朝まで?
 ……って、明日の、朝までっ!?
 このチョーせまい部屋で!?
 あたしと盟にぃの他に誰もいない、この部屋でっ!?
 
 ちょっ……マジでシコウカイロ(思考回路)完全停止なんだけど―――っ!!
 
 
 
 
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