あたしの初恋~アイドルHinataの恋愛事情【5】~
23 記憶サクジョ。
「ボクはナナのコト……好きだよ」
あたしの手からすべり落ちたコーヒーのビンは、あたしの足の指を直撃。
「――――!! いっっっっっったぁぁぁぁぁいっ!!」
「大丈夫?」
希クンはかがんで、うずくまるあたしの打った足先に手を伸ばす。
けど、あたしは思わずよけた。
「大丈夫っ。大丈夫だけどっ……。希クンがヘンなジョウダン――」
「イイから、見せなよ」
希クンの手があたしの足先にやさしく触れる。
……なんだろう。なんか、慣れてるカンジがするの、気のせい?
「割れナクてよかったね」
「へ?」
「コーヒーのビン」
「……そっちの心配っ?」
「割れたガラスの破片でケガしたら、もっとタイヘンでしょ。…………こーすると、イタイ?」
「………………ヘイキ」
あたしが言うと、イッシュンだけ。
ホッとしたというか、安心したような表情を希クンは見せた。
――あ、こんな顔もするんだ。
と、思ったけど、またすぐに、いつもと同じ、何を考えてんのか、わかんない顔に戻る。
「冗談なんかじゃナイよ」
触れていたあたしの足先から手を放して、ハッキリとした口調で希クンは言った。
「初めて会ったときからずっと、好きだった」
「そっ……なんで急にそんなこと……」
「急じゃないよ。何度も言った。『アイツなんかやめて、ボクにしといたら?』って。なのに、全然聞こうともしなかったのはキミでしょ」
「で、でも、だって、……希クン、あのころ、カノジョ……いたっしょ?」
「そんなコト、言った? 忘れたよ」
まっすぐにあたしを見つめる、希クンの瞳。
サイミンジュツか何かで引っ張られるみたい。
コワイ――――。
「なんで……なんでそんなコト言うのっ? だって、あたし……まだ盟にぃのこと、好きだもんっ。カノジョがいたって、……もし、カノジョと結婚とかしたって、それでもあたしは盟にぃのこと、好きなんだもんっ。ジャマしたいとか、別れちゃえばいいのにとか、思ってるわけじゃないし、あたしが盟にぃを好きって思うのは、あたしの勝手じゃんっ!!」
あたしの頬に、涙が流れてく。
「……ナナ」
「イヤっ!! さわらないでっ!!」
その頬に触れようとする希クンの手を、あたし、叩いた。
「あたしだって、ホントは仕事なんてすっぽかして、泣きたいよっ。でも、頑張れてるのは、希クンのおかげっしょ!? 希クンがこうして一緒にいてくれてるから、盟にぃのコト思い出さずに済むんじゃんっ!! 希クンは友だちっしょ!? なのに、なんで、あたしのことが好きとか言うわけ!? 意味わかんないっ!!」
「ボクはキミのコト、『友だち』だと思ったコトは一度もナイよ」
「友だちだもんっ!!」
近くに置いてあったクッションをつかんで、希クンに向かって投げた。
円いクッションは希クンには当たらずに、フリスビーみたいに飛んでく。
ムカついて、もう一枚投げた。
ホントは、三枚ぐらい投げた。
そのうちの一枚が、チェストの上の置き時計に命中。
ゴトンッ!!と大きな音を立てて落ちた。
しばらくすると、また冷蔵庫の音が聞こえてきて。
遠くからは、救急車のサイレン。
その間、希クンはずっと、何を言おうか迷ってるようなカンジで。
次にヘンなコト言ったら、今度はこのクッションで殴ろうかと思ってた、けど。
「……分かったよ」
軽くため息をついた希クンは、つぶやくように言って、あたしの部屋から出ていった。
ホント、マジで意味わかんない。
希クンは友だちなのに。友だちだと思ってたのに。
あたしが失恋して傷ついてるのに、『好きだ』なんて。
ちゃんと、あたしの気持ち、わかってくれたから、よかったけど。
……もう、忘れちゃおう。
たぶん、希クンに会うこともしばらくないと思う。
ダサいカッコしてれば、マンションの下のリポーター(昨日の夜は、柿元サンがまだいたなぁ……)もごまかせるって、わかったし。
それなら、自分で車を運転して出掛けることもできるから、希クンに来てもらう必要もないし。
シュシュは借りっぱなしだけど、……別にいいよね。
コネコちゃん、ゴメンネ。お金持ちのご主人から、新しいの買ってもらってね。
希クンに初めて会ったのは、小学6年。11歳の夏休み。
次に再会したのは、その13年後。24歳の冬。
だいたい、10年とちょっとくらいで会ってることになる……よね。
だから、今度会うとしたら(別に会いたくはないけど)、えぇっと……30歳くらい。
……あれ、違う? うぅんっと…………。ま、いいや。
うん。気持ち、切りかえようっ。
まず、希クンのコトは、あたしの頭からサクジョ。…………はい、消えた。
で、次は、盟にぃのコト……なんだけど。
これはもう、今まで通り、しか道がないと思う。
なにが、どう『今まで通り』って、あたしが盟にぃの『カワイイ妹』でいること。
だから、盟にぃはあたしの、『カッコよくて、やさしいオニイサン』。
ちなみに、諒クンはあたしの、『うるさいアニ』。
ついでに、直にぃはあたしの、『歳が離れてるし、よくわかんないけどオニイサン』。
それで、いいよね。っつーか、そうするしか、ない……し。
……えぇぇいっ!!
暗くなってちゃ、ダメじゃんっ、あたしっ!!
今日は火曜日。お仕事はお昼から。んでもって、いまは朝。
高橋奈々子、24歳。
カレシいない歴、24年。
片想い(しかも、初恋)歴、13年……終了。
ため込んでた洗濯物を片付けたら、出掛けよう。
新しい恋、探しに――――。
ちゃんちゃらら~♪ちゃっちゃ~~~♪
あたしの携帯が鳴ってる。
着信音はAndanteデビューシングルのカップリング曲。
『間が抜けてる』ってみんなにはあんまりヒョウバン良くないけど、あたしは気に入ってる。
誰かなぁ……。
携帯のディスプレイを見ると、『盟にぃ(はぁとの絵文字)』。
……えっ、なんで盟にぃ?
おっ、落ち着こうよ、あたしっ。
あ、ほら、もしかしたら、諒クンのコトで何か聞きたいコトがあるんだったりじゃない?
そうそう、あたしは諒クンの妹だしっ。
それでもって、盟にぃの『カワイイ妹』だしっ。
うん。『カワイイ妹』……『カワイイ妹』……『カワイイ妹』…………。よしっ。
「……もしもし?」
『あ、奈々子? ボク、盟だけど。……いま、電話してて平気?』
あぁ……やっぱ、盟にぃのこの声、大好き。
「………………うん、大丈夫だけど。盟にぃ、どうしたの?」
『いや、あの……これといって用事はないんだけど。……えぇっと、あー……そ、そうだ。いま、どこにいんの? 休憩中か、……移動中?』
「ん? ううん、いま家にいるよっ。きょうはね、お昼過ぎからドラマの撮影なの」
『そ、そっか。じゃぁ、それまでは時間空いてるんだ?』
「……うん。空いてる、けど。……盟にぃ、どうしたの?」
『え? いや、どうした、……って、別に、何も、っていうか……』
ごにょごにょっ……と、盟にぃの声が小さくなってく。
ホントに、盟にぃ、どうしたのかな。
なんか、ちょっと……元気がないみたい。
『あの、だから……その……。…………たい……ことが…………』
「……え? なに? ゴメン、盟にぃ。よく聞こえないんだけど」
あたしが聞くと、携帯の向こう側から、盟にぃが深呼吸する音が聞こえて。
何度も何度も深呼吸して、ようやく、盟にぃは言葉を続けた。
『えぇっと……あの、さ。おまえに話したいことが……あるんだけど』
「うん。なに?」
『え、あ、いや……できれば、会って話したいんだけど、……ダメ?』
――――えっ?
「ううんっ、全然、ダメじゃないよっ」
『そっか。じゃぁ……』
二時間後くらいに、って話になって、電話を切った。
あたしの部屋まで来てくれるっていうから、部屋番号も教え……あああっ!!
ここじゃんっ!! あたしの部屋って、この散らかった部屋じゃんっ!!
盟にぃが来るまで、二時間。
寝室として使ってるこっちの部屋に、全部放り投げて、押し込んで……。
――――ピンポーン。と、インターホンの音。
うあああぁぁああっ、早いっ!! 二時間って、こんなに短かったっけっ!?
慌ててインターホンに出ようとして。
壁付けされてるインターホンのディスプレイに、盟にぃの姿。
人差し指を唇に当てて、もう片方の手の親指で、自分の肩あたりを指してる。
よく見ると、盟にぃの後ろに……うわっ、柿元サンじゃんっ!!
あ、もしかして、盟にぃのこのポーズって。
『何もしゃべるな』……ってコト?
よくわかんないけど、あたし、何も言わずに『解錠』って書いてあるボタンを押した。
ガチャンッ!! と大きな音と同時に、ドアが開いた。
ディスプレイに映る盟にぃは、小さくうなずいて、軽くウィンク。
…………カッコよすぎて、鼻血出そう。