あたしの初恋~アイドルHinataの恋愛事情【5】~
24 約束ヤクソク。
あたしの部屋に入ってきた盟にぃは、立ったままぐるりと部屋の中を見回した。
……あ、そっちは見ちゃだめだよっ、盟にぃっ。
ああぁ、そこのドアは開けないでぇっ。お願いっ。
「結構片付いてるじゃん。おまえ、忙しそうだから、掃除するヒマもないんじゃない?」
「えぇっ? あ、うんっ。いつもはもうちょっと……散らかってるけど」
「もしかして、慌てて片付けた?」
「…………うん」
あたしがうなずくと、盟にぃはクスッと笑った。
ううぅ……これじゃぁ、『カワイイ妹』じゃなくて、『なんにもできない妹』だよっ。
「さっきマンションの下にさぁ、柿元さんいたけど、あの人ずっといんの? 大丈夫?」
「うんっ。スッピンに眼鏡と……あと髪二つ分けにしてみたりとかしてて、それに……えっと、友だちに送ってもらったりしてるから……。大丈夫っ」
もう、送ってもらうことも、ないとは思うけど。
あたしの言葉を聞いた盟にぃは、なぜかちょっとだけ不機嫌そうに、口元を曲げた。
「と……友達? 彼氏じゃなくて?」
「ちちち違うしっ。付き合ってなんかないしっ」
「あ……その友達って、男なんだ?」
「…………え? えっと……一応、男の人だけど」
一応ね、ホント、マジで、『一応』、男の人。
「それってさぁ、この間……土曜日にカフェに一緒にいたヤツ?」
「え? …………盟にぃ、見てたの?」
あたしが聞き返すと、盟にぃはマジメな顔で、あたしを見つめる。
それって、もしかして。
あのオレンジ頭がヘンなコトしようとして、くっついちゃいそうになったシュンカンとか……じゃ、ないよねっ!?
……あれっ? ちょっと待って。
盟にぃが見たシーンが、どのシーンだったかは、いまはとりあえず、置いといて。
あのオレンジ頭が希クンだ、ってこと、盟にぃは気づいてないの?
希クンって、盟にぃや諒クンたちと一緒にお仕事してるんじゃないの?
そういえば、この何年か、諒クンから希クンの話って……聞いてないかも。
っつーか、あのオレンジ頭と付き合ってるなんて、思われたくないし――っ!!
「……やっぱり、その男と付き合ってんだ?」
「違うしっ」
「何か、ごまかしてるだろっ? 高橋には黙っといてやるから、ホントのこと言えよっ」
強い口調と、ひきつる頬。
「……なんで?」
いつもやさしくて大好きな盟にぃだけど。
いまは怒ってるみたいで……意味わかんないっ。
「なんで盟にぃ、信じてくれないのっ? 『会って話したいこと』って、そんなこと聞きにきたのっ? 全然違うのにっ! ……あ、あの人だって、諒クンだって、分かってくれてるのに、どうして盟にぃは分かってくれないのっ!? あたし……あたしはっ――――――」
盟にぃのことが、好きなのに――――。
「……ごめん」
泣きだしたあたしを困った顔で見ていた盟にぃは、あたしをやさしく抱きしめてくれた。
ふわりと、プリンのカラメルソースに似た匂いが、鼻の奥に届く。
……あ、わかった。この匂い。
「…………盟にぃ」
「……ん? 何?」
「盟にぃ……コーヒーの匂いがする」
あたしが高校生のとき。
大阪のあたしの家で一緒に食べた、おやつのロールケーキ。
母さんがいれてくれた紅茶を飲みながら、盟にぃは言ってた。
『ティーバッグじゃない紅茶がこんなにおいしいなんて、初めて知ったよ』って。
それまで辛そうだった表情を、ちょっとだけ、ゆるめて。
その日から、あたしは母さんに『おいしい紅茶のいれかた』を教わってね。
何度も何度も、練習したの。
いつか、あたしのいれた紅茶を飲んでもらえる日が来るといいな、なんて思いながら。
あたし、盟にぃの肩に顔をぴたっとくっつけて、思わず笑ってしまった。
盟にぃの笑顔のモトは、あたしのいれた紅茶じゃなくて。
カノジョがいれてくれたコーヒー……なんだね。
盟にぃ……あたし、『オンナのコ』として見てほしいなんて、ワガママ言わないから。
あたしの中で、盟にぃが『オニイサン』になるまで、時間はかかるかもしれないけど、がんばるから。
だから、ときどき、こうしてそばにいさせてね。
『カワイイ妹』でも、いいから――――。
ちゃんちゃらら~♪ちゃっちゃ~~~♪
「あっ……あたしのケータイだっ」
せっかく盟にぃに抱きしめてもらってるキチョウな時間だっていうのに、もう誰っ?
しょーがないから、盟にぃから離れて携帯を確認。
……なぁんだ、汐音か。
電話に出てみると、びっくり。
汐音が、直にぃからデートのお誘いもらっちゃったんだって。
しかも、クリスマスイブ。仕事が終わった後の夜。
行き先は、なんとーっ!! 遊園地っ。
その遊園地ね、イブは夜中の3時くらいまでやってるらしくて。
『……だから、イブの撮影が終わったら奈々子のトコでケーキ食べるって約束してたけど、あの……ゴメンネ』
「うん、あたしは全然っ」
『ケーキ代、払っちゃってあるんでしょ? わたし、その分出すから』
「いいよいいよっ。汐音がそんなこと言うなんて、珍しいねっ」
『えっ? ……そう?』
「うん。だって、いままで男の人に誘われてもほとんど断ってたし。たまぁ~に、カレシができても、あたしとの約束をキャンセルしてカレシ優先することなんてなかったし」
『だっ、だから、ゴメンって』
「んふふっ。ジョウダンだよっ。タップリ楽しんできてねっ。……あ、それから、あとでお話も聞かせてね。うん。…………うん。じゃぁ、またあとでねっ。はぁーいっ」
あたし、ポチっと携帯を切った。
そっかぁ。汐音は直にぃとデートかぁ。
いいなぁ、遊園地。
そういえば、汐音、前に言ってた気がする。
イブの夜の遊園地は、友だちと行くようなとこじゃない……って。
っつーことは、直にぃは友だちじゃないんだね。付き合っちゃうのかなぁ、あの二人。
クリスマスイブ……どうしようかな。
汐音は直にぃとデートだし。
諒クンはまだ映画の撮影? じゃなかったら道坂サンに会いに行くのかな。
盟にぃは……カノジョと一緒に過ごすんだよね、きっと。
なぁんか、あたし一人。ちょっとさみしい……。
「奈々子……? どうした?」
振り向くと、盟にぃが心配そうな顔であたしを見てる。
いっけない。笑顔、笑顔っ。
「うんっ。汐音がねっ、イブに、デートするだってっ」
「え? SHIOちゃんが? デート? なんだ、彼氏いるんだ」
「ううん、カレシ……じゃないんだけど、あの……直にぃに、誘われたって」
「―――えっ!? な、直くんに?」
「うん」
「……ちょっと待てよ? イブはHinataそろって生放送の仕事入ってるはずだぞ? 夕方にはFテレビに入って……番組の終わりは確か22時だったと思うけど……」
「うんっ。実はね、AndanteもイブはFテレビで収録してるんだよっ。日付が変わる前には終わる予定だから、仕事が終わったら……ってことみたい。ホントは、仕事終わったら、あたしと汐音とでケーキでも食べようねって話してたんだけど、直にぃから誘われたから、どうしようか? って」
『どうしようか?』って聞くってことは、直にぃからのお誘いをお断りするつもりはない、ってコトだよね。
っつーか、あたしの返事聞く前に、あたしと一緒にケーキ食べれなくてゴメンって。
なぁんか、もう、汐音の慌てっぷりに笑っちゃう。
汐音と直にぃ、うまくいくといいなぁ……。
「あぁ……。で、ミキちゃんが直くんとデートで、奈々子はイブの夜にひとりになっちゃうから、寂しいな……ってこと?」
盟にぃは、なるほどね、とナットクするようなカンジで言った。
うっ……。大当たりだよ、盟にぃ。
あたし、小さくうなずいた。
すると、盟にぃはクスッと笑って、
「じゃぁ……さぁ。イブは、ボクと一緒にケーキ食いに行かない?」
「――――――えっ?」
あたし、びっくりして盟にぃの顔を見た。
盟にぃは、とびっきりの笑顔。
「……盟にぃは、ホントに優しいねっ。でも、あたしは大丈夫っ。そんな、ジョーダンばっかり言ってたら、盟にぃのカノジョが悲しいと思うよ?」
そう言って、あたしは盟にぃの前から離れて、キッチンへと向かった。
盟にぃの『とびっきりの笑顔』。
この間と同じなんだもん。
『じゃぁさ、なんだったら、ボクと付き合っちゃう?』
あの、チョーせまいカラオケボックスみたいなとこで、お話聞いてもらってたときと同じ。
ありがとね、盟にぃ。
あたし、そんなやさしい盟にぃが、大好き。
「盟にぃは、コーヒー飲む? インスタントしかないけど……」
「ん?いや、いいよ。いまはもう、コーヒーの気分じゃないし」
いつもコーヒー飲んでるわけじゃないのかな?
んー……よくわかんない。
盟にぃはやさしく笑って、あたしが戸棚から出したマグカップを手にとって、テーブルに置いた。
「……彼女とは、別れたんだ」
……え?
なんで?
ウソでしょ……?
あたし、隣に立ってる盟にぃの手に、視線を向けた。
この間はカノジョとの間で強く光ってたキレイな糸。
それなのに、いまは途中でプツリと切れて……光もすごく弱くなってる。
触れようとして手を伸ばすと、盟にぃの指から垂れ下がっていたその糸は、音もなく消えてしまった。
……どういうコト?
こんなコトって、あるの?
意味わかんない。
なんで? どうして……?
「盟にぃ……もしかして、それって、あたしのせい?」
「…………え?」
「あたし、あの時泣いてたしっ。変なコト言ってたしっ。だから、カノジョに、変な風に誤解されちゃったんでしょっ?」
あたしが言うと、盟にぃは少しうつむいた。
しばらく言葉を探すようにして、ゆっくりと口を開く。
「…………違うよ。彼女と別れたことに、奈々子は何も関係ないよ。全然別のことで合わなくて……別れたんだ」
そう言って、盟にぃはあたしの目にたまっていた涙を指でぬぐってくれた。
……ウソつき。
ちゃんと、聞こえてるんだから。
――――『ホントのことを言ったら、――――――――こいつ――――責任感じて、自分を責めてしまう』
盟にぃの、ウソつき。
どうして、そんなにやさしいの?
ホントはつらくて苦しいハズなのに。
目の下のクマ、メイクで隠してるっしょ。……わかるよ、盟にぃ。
「イブは、おまえが仕事終わるまで待ってるから。一緒に、ケーキでもなんでも、食いに行こう……な?」
盟にぃが言ってくれるから、あたし、うなずいて笑顔を作った。
やさしいウソ、ムダにしちゃいけない、と思って。
「……じゃ、約束」
差し出された盟にぃの小指に、あたし、自分の小指をひっかけた。
ウソつき盟にぃに、神様がハリセンボン飲まそうとしたら。
あたしが代わりに飲むから、安心してね。