あたしの初恋~アイドルHinataの恋愛事情【5】~
Epilogue
地下駐車場のロビーに通じるエレベータ。
いつも乗り慣れてるけど、今日はなんだかウキウキしちゃう。
「だから、ニタニタし過ぎだって」
希クンに言われても、ぜーんぜん、ヘイキ。
だって、大好きな盟にぃと一緒にケーキ食べに行くんだもん。
これで、顔がニヤけない方がおかしいっしょ。
エレベータのスピードが遅くなって、止まって……。
ああぁぁ、このエレベータのドアって、開くのにこんなに時間かかったっけ?
「そんな、焦らなくてもさ、約束しといて勝手に帰るようなヤツじゃナイでしょ」
「わかってるけどっ!!」
ようやくドアの開いたエレベータを飛び降りて、……あ、いた!!
いくつか並んで置いてある長椅子のところに、盟にぃ。
……と、その向こう側に。
「あっ、諒クン、道坂サン。お疲れッス!!」
ビシッと片手を上げて、ごあいさつ。
そんなあたしを見て、道坂サンは、ほんのちょっとだけ、苦笑い。
よかった。もう、嫌われてないみたい。
「あぁ、奈々子。おまえも今から帰るんか? なんやったら、一緒に乗ってくか?」
諒クンが、手にしていた車のキーを見せる。
イヤだ。乗ってかない。
……って、デッカイ声で言おうと思ったんだけど、やめた。
だって、盟にぃの前で『ワガママな妹』したくないし。
「あ、えっと……」
盟にぃを見つめて、諒クンの『乗ってくか?』をどう断ったらいいか困ってる、フリ。
なんとかうまいこと断って!! ……というあたしの祈りは、割とあっさりと届いた。
「いくら奈々子がおまえの妹だからって、そんな野暮なことするかよっ。おまえ、東京に帰ってきたの一か月ぶりくらいだろ? せっかくのイブだし? 一分一秒でも早く、『彼女』と二人っきりになりたいだろ?」
「……そうは言っても、僕、スタジオでの映画撮影がまだ残ってるんだよね。今日もこれから一度帰って……2時間後には出ないと……」
「じゃぁ、なおさらじゃん。さっさと帰れよっ。安心しろよ、奈々子はオレが送ってってやるから。なぁ、奈々子」
盟にぃは振り向いて、諒クンには見えないように、あたしに軽く、ウィンク。
……さすが、盟にぃ。カンペキ。
「うんうんっ。諒クン、そういうことだからっ」
あたしが言うと、諒クンはあたしのちょっと後ろにいる希クンに視線を向けて……何かを伝えるように笑う。
「……『作戦成功』、だって」
希クンは、ぽつりとつぶやいた。
「え、希クンも聞こえたのっ?」
「聞こえてないケド、そーいう顔してたでしょ」
小声で希クンと話しながら、駐車場へと消えていく諒クンと道坂サンを見送る。
「……なんなんだ? いまの妙な『笑み』は?」
今度は盟にぃがつぶやいた。
「さぁーね。高橋はさ、ちょっと人とズレてるとこあるし、別に意味ナンてないんじゃナイ?」
言いながら、希クンは自販機でミネラルウォーターを買う。
盟にぃには、『作戦カイギ』のコトはナイショ、ね。
「そろそろボクも帰るよ。あんまりウチの子猫を待たせておくワケにもいかナイしね」
「あ、希さん、子猫ちゃんたちによろしく伝えておいてよ」
「うん? あぁ、リョーカイ」
盟にぃの言葉にうなずいた希クンは、駐車場へと向かう。
「あ……、希クンっ!!」
あたし、大事なことを思い出して、希クンを呼びとめた。
振り向いた希クンに、思いっきり手を振って叫ぶ。
「希クン、ありがとーっ!!」
希クンは、何も言わずに背を向けて、ペットボトルを持ってる手を軽く上げた。
考えてるコトは聞こえてこないけど、希クンが言いたいことは。
『ドウイタシマシテ』、だと思う。……たぶん、だけど。
「……奈々子ぉ」
「ん? 何?」
「今の……何? 『ありがとー』って」
なんだかちょっと不機嫌そうな顔で聞く盟にぃに、あたし、人差し指を唇にあてて、答えた。
「んー……内緒っ」
希クンの考えた『作戦』がなかったら、あたしはここにはいなかった。
きっと、テレビや雑誌の中で笑ってる盟にぃに憧れてるだけだった。
それがダメってわけじゃないけど、でも、そんなの、あたしらしくないって思う。
ゆっくりでも、自分の力で、一歩一歩前へ。
……ホントは、自分だけじゃなくて、たくさんの人の力も借りちゃってるけど。
とにかく、あたしが『あたしらしく』いられてるのは、希クンのおかげ。
だから、希クンにはカンシャしなきゃ。
「じゃぁ、オレたちも行くか? 今日は車で来たから、おまえの行きたいところに連れてってやるよ」
盟にぃは駐車場の方を指差して、あたしに笑いかけた。
――あたしの行きたいところ?
「ホント? じゃぁね、あたしね…………遊園地に行きたいっ!」
「ゆ、遊園地ぃ?」
盟にぃは呆れた様子で聞き返す。
「う~ん……連れてってやりたいけど、もう夜遅いし、営業してないんじゃないかな」
「大丈夫っ。あのね、イブは夜中の3時くらいまでやってる遊園地があるんだって。汐音が言ってたの」
「イブ……夜中の3時……あぁ、そういえば聞いたことあるような気がするな。誰から聞いたんだったかな…………高橋かな?」
腕組みして考えてた盟にぃは、うんうんとうなずいて、
「…………あー、思い出した。あの遊園地だ。うん、場所も分かるし、連れてってやれるけど……ホントにそこでいいのか?」
あたし、笑顔でうなずく。
クリスマスイブに、大好きな盟にぃと遊園地でデート。
……これって、サイコーにゼイタクってヤツじゃない?
「んじゃぁ、決まり」
そう言って、盟にぃは駐車場へ、ゆっくりと歩き出す。
あたし、そのほんの少しだけ後ろを、盟にぃと同じペースで歩いた。
盟にぃの真横を一緒に歩ける日はいつかな、なんて考えながら。
あたしの初恋は、まだまだ続く。