あたしの初恋~アイドルHinataの恋愛事情【5】~
03 洗剤レボリューション。
あたしは、テキトーに見つけた空いてる席に座って、少し離れたところに座っている盟にぃの姿を眺めた。
グレーのスーツを着た盟にぃは、直にぃと楽しそうにお話してる。
13年前、あたしが諒クンについて東京に行ったときも、盟にぃは直にぃや、諒クン、希クンと、楽しそうにお話してたなぁ。
そして、諒クンの妹である、あたしとも……たくさんたくさん、お話してくれた。
小学6年だったあたしが、ウンメイテキな『初恋』のシュンカンをケイケンした、すぐ後。
あたしが『初恋』をしてしまったやさしそうなオニーサンが、一番年上のオニーサンと諒クンとあたしを、とある部屋へと案内してくれた。
「ここが、ボクらがしばらく生活する場所だよ。元々、希さんのプライベートルームなんだけど、今年の春からボクも一緒にここで生活してる」
と、『初恋のオニーサン』が説明したその部屋は、ものすごーく広かった。
……ウソやろっ?
『元々、希さんのプライベートルーム』って、それって、最初は希クン一人の部屋だった、ってことやろっ?
だって、ここ……大阪のあたしん家の一階と二階を足したより、もっと広いんちゃうっ?
っつーか、希クンっていったい何者やねんっ?
あたしがびっくりして部屋を見回していると、『初恋のオニーサン』は冷蔵庫の前に立って、
「お腹すいてるでしょう? 今日はボクが作ってあげるよ。明日からは、当番制ね。あ、そうだ。奈々子ちゃん、ちょっとだけ手伝ってほしいんだけど……いま、いくつ?」
ぅわわわっ……ははは話しかけられたしっ。名前呼ばれたしっ。
あたし、諒クンとクラスの男子以外で男の人とマトモにお話したことなんて……諒クンが何かとパシらせてる福山サン(いちおー、あたしから見たら先輩やから、福山『サン』って呼んでんねん)くらいしかおらへんねんっ。
「…………11歳」
「……ってことは、小学……5年?」
「……6年」
「じゃぁ、家庭科の授業とかでやったことあるでしょ? お米、研いでほしいんだけど」
『初恋のオニーサン』は、戸棚の方を指差しながら、ニコッと笑った。
……『お米砥いだことなんて、ない』なんて、言えるわけあらへんし。
あたしが、どうしたらいいのか考えてると、
――――『奈々子……奈々子っ!」
頭の中に諒クンの声が聞こえてきた。
――――『奈々子、聞こえるかっ? どーせ、どうしたらええのか分からんのやろ』
ううっ……バレバレやんっ。
――――『しゃーないな。俺も自分の妹が『出来ひんコ』やと思われんの、嫌やし、助けたる。イメージするから、受け取れっ』
りょ、諒クン……優しいっ!!
今度、おやつにプリン出てきたときには、諒クンにあげるわっ!!
諒クンから飛んできたイメージ映像によると……ふんふん。『お米を砥ぐ』って、そうやってやるんや(全然知らんかったわ)。
あたしは、まずボウルとザルを手にとって、オニーサンがさっき指差した戸棚の扉を開けた。
……あ、これや。お米。
カパッとフタを開けると、計量カップみたいなのが中に入ってる。これで、お米をザルに入れるんやな?
ざくっ……ざくっ……っと。よーわからんけど、こんくらいでいいやろか。
えーっと、次は……お水でざぶざぶっと……あ、洗うってことやな?
水道のところへ行って……っと。
うあぁ……隣でオニーサンがキャベツをざくざくっと切ってる。
はぁぁ……。横顔も、カッコエエし。
あたしがついついその横顔にみとれていると、オニーサンがあたしの視線に気づいて、『ん?』っていうカンジで笑った。
うわわっっっ……その目っ!! 目がっ!!
むっちゃカッコエエ……っちゅーか、子犬みたいで、カワイイんやけどっ!!
……って、あかんあかんっ。今は、このお米を無事に砥がなあかんのやった。
あたし、慌ててプルプルっと首を横に振って蛇口をひねって、ザルとボウルを重ねた中に入っているお米に水を注いだ。
……で、どうすんやったかな。
えーっと、そう。
ザルをボウルから出して……ボウルに残った白い水を、ざばーっと捨てて。
で、もっかいザルとボウルを重ねて、水を注いで……。
がしがしっとかき混ぜて、かき混ぜて……。
また、ザルをボウルから出して……ボウルに残った白い水を、ざばーっと。
で、もっかい。
………………って、なかなか水がきれいにならんのやけど。
あ、そうや。もしかして、洗剤使うてないからなんちゃう?
うん。きっと、そうや。我ながら、冴えてるわっ。
目の前にあった洗剤を手に取って、ザルの中のお米にぶしゅーっとかけて……。
……と、それまでキャベツをざくざく切っていたオニーサンが慌てて包丁を置いて、
「あっ、ちょっ……奈々子ちゃん、お米は洗剤で洗わないんだよっ」
――――えええっ!? ホンマにっ!?
……っちゅーことは、こっちや。
洗剤のとなりに置いてあった、お皿を洗うスポンジを手に取って……。
「……違う、そうじゃなくてっ……」
オニーサンは言いながら、スポンジを持っていたあたしの手首を、がしっと掴んだ。
ついでに、空いてる方の手の手首も、がしっと。
―――――ちょっっっっっっと待って!?
いま、どーいうジョウキョウになってんねんっ!?
スポンジを持った自分の右手の手首に、オニーサンの右手。
で、何も持ってない方の左手の手首に、オニーサンの左手。
それから、あたしの両腕と、その外側にオニーサンの両腕。
が、あたしの視界の真ん中あたりに伸びてる。
オニーサンの顔と身体は見えてなくて。
どこにあんのか? っちゅーと、あたしの…………真後ろ。
早い話、なんっちゅーか……。
いま、あたし、オニーサンに後ろから抱きしめられてるみたいになってるんやけどっ。
「……おい、高橋っ!? おまえ、妹にどういう教育してんだよっ!?」
オニーサンの声が、あたしの頭の上から聞こえてきて。
ほんの少し身体が動くたびに、オレンジみたいな甘酸っぱいニオイがする。
この部屋はエアコンが効いてて、さっきまでサムいくらいやったのに。
いまは、オニーサンとくっついてる背中……だけやなくって、身体全体が、アツい。
っちゅーか、このジョウキョウは、さっき初恋をケイケンしたばかりの小学6年のあたしにはシゲキが強すぎて。
見かねてあたしの代わりにお米を砥ぎにきた諒クンが、妹のあたしの『ココロの変化』に気づいてるかどうか、気にしてるヨユーなんて、なかったのだ。