あたしの初恋~アイドルHinataの恋愛事情【5】~
07 王子サマ。
『――――『カワイイ妹』で終わりたくナイなら、ね。』
事務所を出てコンビニを目指して歩くあたしの頭ん中では、さっきから希クンの言葉がぐるぐると回っていた。
……ホンマ、意味分かんない。
『カワイイ妹』――。盟にぃがあたしのこと、そう思ってくれたら逆にウレシイやん。
なのに……なんで?
この言葉が頭ん中で再生するたびに、胸の奥がズキっとする。
『恋愛のタイショウガイ』――『恋愛する相手』として見てないって。
あたし、全然そんなこと考えてなかった。
盟にぃとお話するんが楽しくて。
盟にぃの笑顔が見ていたくて。
盟にぃと、ちょっとでも長い時間、一緒にいたいな、って……思ってただけで。
希クンの言うところの、『恋愛する相手』っていうのは。
例えば、少女マンガの中みたいに。
女のコと男のコが、手をつないだりとか、……キ、キキキ、キスしたりとか……ってことやろ?
…………アカンって。考えるだけで鼻血出るわっ。
やっとこたどり着いたコンビニでシャープのシンを買って、お店を出たあたしは、気づいてしまった。
……カクジツに、迷った。
事務所からまっすぐ歩いてきたことだけは覚えてるけど、右から来たのか左から来たのか分からへん。
諒クンだったら、コンキョもなく自分のチョッカンを信じてどっちかへ歩いていって、結果、かなりのカクリツで、迷子を通り越してソウナンしちゃうんやけど。
あたしは諒クンと違って、かしこいから。こういうときはヘタに動かんほうがええねん。
あ、そうや。コンビニの店員さんに、聞けばええんとちゃう?
あの事務所、かなり有名なんやから、店員さんも知ってるはずや。
事務所の名前は……そう、『ハギーズ事務所』。
回れ~右っ!! したあたしは、再びコンビニの中へ――――。
「……おい、嬢ちゃんっ」
――――んっ? お店の前に置いてあるゴミ箱が……しゃべった!?
「嬢ちゃんっ、こっちだ、こっちっ」
声の聞こえるゴミ箱の方をきょろきょろと見つめていると。
トツゼン目の前に、ぬぅっ!! っと……知らんおっちゃんが立ち上がった(うわぁっ、びっくりしたっ)。
「嬢ちゃん、さっきから突っ立ってるけど、もしかすると、迷子か?」
おっちゃんは、心配そうにあたしを見つめる。
なんや、東京にも親切な人はおるんやな(お酒クサイけど……)。
「そ、そうなんです。迷ってしもたみたいで……。あの、ハギーズ事務所ってどっちですか?」
あたしが聞くと、おっちゃんは首をかしげて、
「あー? 『ハニーズ事務所』? ありゃぁ、嬢ちゃんにはちょっと早いんじゃねーか? 風俗店だぞ?」
……フーゾク? 何それ? なんやわからんけど、ちゃうねんっ!!
「あの、『ハニーズ』やなくて、『ハギーズ』なんですけど」
「嬢ちゃん、カネ欲しいのか? 『ハニーズ』なんか行かなくても、俺が小遣いや――いてっ!!」
おっちゃんの後ろから、もう一人、ちょっと若いっぽいおっちゃんが出てきた(どうやら、『いてっ!!』ってのは、このおっちゃんに叩かれたらしい)。
「……コドモ相手に何言ってるんですか、先輩。犯罪ですよ」
「いや、ただの冗談だって。ほら、俺、酔ってっから」
「『酔ってる』は言い訳になりませんって」
「わぁ~かってるよ。で、えーっと、なんだったかな、嬢ちゃん」
「あの、『ハギーズ事務所』はどっちに……」
「だから、『ハニーズ事務所』は風俗……」
「『ハギーズ事務所』って、あれでしょ。『SEIKA』とかがいるアイドル事務所。『ハニーズ』の方は、あれをパロッて付けたお店ですよ、先輩」
呆れた顔して『先輩』に言ったおっちゃんは、あたしの方へと向き直って、
「ごめんね、僕たち、出張でこっちに来たもんだから、ハギーズ事務所の詳しい場所までは知らないんだけど……。交番なら、すぐそこにあるよ。実は、僕たちもさっき道に迷っちゃって、お世話になったところなんだ」
おっちゃんはあたしに、ニコッと笑う(両手に持ってるのが『ワンカップ』のお酒っちゅーのが、どうにも……アレなんやけど)。
「一人で行くのが不安だってんなら、俺らが一緒に行ってやろうか?」
言いながら、『先輩』はあたしの腕をガシッと掴んだ。
掴まれたところから、真っ黒なゾワゾワが身体中を走ってく――――。
――――イヤやっ!!
触らないでっ!! 放してっ!!
怖いよっ……助けてっ、盟にぃ――――!!!!
「ああぁっ!! すんませんっ!! うちの妹が、なにかご迷惑をお掛けしましたかっ!?」
ズザザッ!! という音が聞こえて、視界が真っ白になる。
その白いものは規則正しく上下して……それが白のスウェットシャツの背中だと分かった。
「あぁん? おめーの妹だぁ?」
既にあたしの腕を放していた『先輩』は、白のスウェットシャツを着た人に詰め寄る。
「はいっ。さっきそこで、はぐれてしまって……、探してたんです。ホント、見つけていただいて助かりましたっ!!」
ガバッと、目の前から白い背中が消えて、その向こうに戸惑った顔をしたおっちゃんたちが見えた。
おっちゃん二人は顔を見合わせ、やがて『先輩』が頭をポリポリとしながら苦笑って、
「お、おう……。そうか……。嬢ちゃんよかったな、にーちゃんに会えて」
少し寂しそうにあたしに手を振りながら、おっちゃんたちは遠ざかっていった。
「あぁ……よかった、見つかって…………」
そう呟いて、起き上った白い背中。
肩はさっきより少し穏やかに上下して……でも、背中はめっちゃ汗だく。
その人はゆっくりと振り返って、少し身をかがめて、あたしの顔を覗き込んだ。
「……奈々子ちゃん、大丈夫?」
――信じらんない。
ココロの中で呼んだら、ホンマに来てくれた。
『白いスウェットシャツを着た王子様』――――。
「盟……にぃ……」
その人の名前を口にしたシュンカン、あたしの胸が、ぎゅうぅ……ってなって。
ホッとしたのと、うれしいのとで……アカン、もう、涙出そう……。
「な……奈々子ちゃん? まさか、さっきの酔っ払いに何かひどいことされた?」
盟にぃが心配そうに聞くから、あたしは思いっきり首を横に振った。
「ち……ちゃうねん」
そう、『何かひどいことされるんちゃうか』なんて、あたしが勝手に思っただけ。
「あのおっちゃんたち、あたしがどっちから来たかわからんようになってて、困ってたら声かけてくれてん。すぐそこに、交番あるから一緒にいこか? って言うてくれて……」
盟にぃが現れて助けてくれたあと、聞こえてた。
顔を見合わせてたおっちゃん二人が、ココロん中で思ってたこと。
――――『何だ、関西のイントネーションだったから、てっきり、夏休みに家を飛び出して『ハギーズのおっかけ』でもしてるのかと思った。お兄さんとはぐれただけだったのか。無事、見つかってよかった……』
おっちゃんたちは、ホンマに、迷子になったあたしを心配してくれてるだけやった。
それやのに、あたし……勝手にカンチガイして――――。
「……せやけど、交番って聞いて怖なって……。諒クンたちに、迷惑かけるんちゃうかな、って思って……。だから……」
おっちゃんたちを疑って、申し訳ない気持ちでいっぱいで。
もう、自分でも何言うてんだか、分からへん。
たまった涙がこぼれて、ゆがんでた視界がいくらかキレイになると。
そこには、盟にぃの穏やかな笑顔があった。
「奈々子ちゃん、もう大丈夫だから。ほら、高橋も心配してるし、帰ろう?」
あたしの手を取って、歩き出そうとする盟にぃ。
……だけど、あたしはその場を動けなかった。
「……どうしたの?」
そう聞かれて、あたしは……自分でもびっくりするぐらい、涙がどんどんあふれてきて……。
「……か、帰りたくないんやもんっ。大阪に帰るなんて、イヤやもんっ」
もっと、盟にぃとお話していたい。
ずっと、盟にぃの笑顔を見ていたい。
なにより、盟にぃと離れたくない――。
あたしの手に触れてる盟にぃの手が、すごくやさしくて。
さっき、おっちゃんたちに掴まれたときとは、全然違ってて。
あたしを心配してくれた気持ちは、おっちゃんたちも盟にぃも同じなのに。
なんでこんなに違うんやろって……考えて。
「…………会えないようになるなんて、イヤやっ!!」
――好きやから。
あたしが、盟にぃのこと、好きやからなんや……って。
だけど…………。
ふわっと、あたしの頭に何かが触れたと思ったら。
あたしは、盟にぃの腕にやさしく包み込まれてて。
その腕の中で、あたしはハッキリと自覚した。
ドキドキするよりも先に、甘酸っぱいオレンジのニオイ。
盟にぃが朝の身支度してるときに、いつもカラダに吹きかけてる、香水のニオイや……。
小学生だったあたしにとって、香水を使ってる高校生の盟にぃはものすごく『オトナ』で。
違うトコロにいる人なんだ、って、思い知らされた。
それが苦しくて泣きじゃくるあたしを抱きしめてくれていた、その腕も。
家族で行った動物園でせまってくるヒツジが怖くて泣いていたあたしを守って抱きしめてくれた諒クンの腕と同じで。
「大丈夫だよ。高橋はさ、離れてたって、ちゃんと奈々子のこと大事に思ってるよ。カワイイ妹なんだからさ」
諒クンと同じじゃ、イヤなんよ。
『カワイイ妹』なんて、うれしくないよ。
あたしのコト、『恋愛する相手』として見てよ……盟にぃ――――。