あたしの初恋~アイドルHinataの恋愛事情【5】~

08 作戦カイギ。

 
 
「だから、やめといた方がイイって言ったのに」
 
 ここはSEIKAのコンサート会場(大阪)。
 で、デビュー前のお披露目を終えたHinataの控え室。
 母さんにくっついてやってきたあたしは、盟にぃに会えてゴキゲンだった。
 
『カワイイ妹』なんてイヤやけど。
 あたしが諒クンの妹やなかったら、こうして盟にぃと近くでお話することもできなかったんやし。
 そうや、『妹のトッケン』ってやつを目いっぱい使うて、たくさん盟にぃに会いに来よう。
 そしたらいつかは、あたしにだってチャンスがやってくるハズ――――って。
 
「何そのカッコ。小学生のクセにそんな服、似合わナイよ」
 
 それやのに。
 あたしは、盟にぃとの距離をまた、実感させられるハメになった。
 いまあたしの目の前にいる、この人のせいで。
 
「オトナっぽい服着れば高校生と対等になれるナンて考えが、そもそもコドモだって気づいたら?」
「もおぉおぉっ、さっきからうるっさいねんっ!! なんで希クンだけここにおるのっ!?」
 
 盟にぃと諒クンと直にぃの三人は、SEIKAにごあいさつしに行ってて、いまこの控え室にはあたしと希クンの二人だけなのだ。
 
「希クンも諒クンたちと一緒に仕事してるんやから、SEIKAにごあいさつせなあかんのと違うの?」
「ボクが一緒に行くと、SEIKAが気を遣っちゃうんだよね。ほら、ボク一応、社長の息子だし。Hinataの前では、SEIKAには『先輩』らしくしてて欲しいし」
「とかなんとか言って、あたしにしょーもないコト言いたいだけなんやろっ? ジャマせんといてっ!!」
「ジャマしてるつもりナンてないよ。聞いたでしょ、さっきの。ボクがキミをからかってんの見たって、アイツは『コドモがじゃれ合ってる』としか見てナイんだ。アレだけ言っても、だよ」
 
 希クンは、ビシッとあたしを指差した。
 
 ……ちなみに、希クンが言うてる『アレだけ言っても』っていうのは。
 さっき、この控え室に希クンが入ってきたときの、あたしと希クンとの会話のコト。
 
『……何でキミがココにいるのさ。部外者は立ち入り禁止のハズだよ?』
『あたしは諒クンの妹やもん。アニの晴れ舞台を見に来たんやもん』
『…………へぇぇ~~~。『アニ』の晴れ舞台、ね』
『な、なによっ』
『…………別にぃ』
『言いたいことがあるんやったら、言うたらええやないのっ』
『あ、言ってもイイの? 言わない方がイイかなって、気を遣ってあげたのに。中川、実はこのコね……』
『うっ……ちょっと、諒クンっ!! こいつ、諒クンのビームでやっつけてや!!』
『何なのさ? キミが『言え』って言ったんでしょ? 結局どーしてほしいの?』
『なによっ。希クンなんて……』
『……はいはい、二人ともそのくらいにしといたら?』
 
 ……とまぁ、こんな感じやったんやけど(あ、最後の『そのくらいに――』のとこは盟にぃね)。
 
「フツー、アレだけ言えば気づくよ。なのに、気づいてナイんだよ。中川も、ついでに言うと、樋口も。気づいてるのは、ボクの他に、たった一人」
 
 言いながら希クンは、控え室のドアの前に立って、そのドアをバンッと勢いよく開けた。
 そこに立っていたのは――――。
 
 諒クンだった。
 
 突然ドアが開いてびっくりしたのか、固まっている諒クンに、希クンは顔を近づけて不気味に笑いかける。
 
「希さん、なんで……」
「それは、このコの気持ちをボクが知ってることに対しての疑問? それとも、どうしてソコに高橋がいるのが分かったか、ってコト?」
「…………両方」
「ふーん……。ま、イイじゃん、どうだって。最低限のアイサツはしてきたんでしょ?」
「…………一応」
「じゃ、ソコ閉めてよ。さっそく始めるからさ」
「始めるって……何を?」
 
 不安げな表情で聞く諒クンに、希クンはニッと笑って、
 
「作戦会議」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 希クンの言う『作戦カイギ』のテーマは。
 もちろん、というか。
 やっぱり、というか。
 なんで、というか。
 あたしの『初恋』について、だ。
 
 あたしが諒クンと一緒に東京へ行った初日に、盟にぃのとなりでお米を砥いでるあたりから。
 あたしが盟にぃのことを好きになってしもたんやないか、と。
 諒クンは思っていたらしい(っちゅーことは、ほとんど最初っからやないのっ)。
 
「……でも、盟くんは奈々子のこと、『妹』みたいなものだ、って言うてた」
「ほら、やっぱりボクの言った通りじゃん」
「なっ……でもっ、いまは『妹』でも、いつかは変わるかもしれんやんかっ」
「そー? ボクはそーは思わないケド」
「そっ、そんなこと、わからへんやないのっ。きょうみたいに会いに来て、ちょっとずつでもお話できたら、盟にぃだって、あたしのこと――――」
「そんなこと、僕は認めない」
 
 諒クンは低い声で、あたしの主張に割り込んできた。
 
「盟くんに会いたい人なんて、いっぱいおんねん。デビューしてこの先、もっと増えるねん。それを、奈々子が僕の妹やからって、盟くんに簡単に会えるなんて、不公平や」
「……フコウヘイ?」
「俺の妹やっちゅーことを利用すんなって言うてんねん。今日かて、『晴れ舞台を見に来た』って言うてたけど、盟くんのことがなければ、家でテレビでも見とったやろ? それが、アカンって言うてんねん」
 
 うっ……確かに、そうやけど。
 でも…………。
 
「だったら、どうしたらええのっ? あたしが諒クンの妹やってのは、どうしたって変えられへんやんっ。盟にぃに初めて会うたのも、あたしが東京に行ったんは、諒クンの妹だからやんかっ……!!」
「それとこれとは話が違うやろっ!?」
「違わへんよっ!!」
「――ハイ、兄妹ゲンカはソコまで」
 
 にらみ合うあたしと諒クンに、希クンは手のひらをピシッと向けた。
 あたしと諒クンは、ピタッと黙る。
 それをカクニン(確認)した希クンは、何か企んでるみたいにニヤリとして、
 
「ちょっとさ、ボク、イイ考えがあるんだケド」
「……いい考え?」
 
 あたしと諒クンは同時に聞き返す。
 希クンは、残っていたミネラルウォーターを飲み干して、手の甲で口元をぬぐった後。
 あたしを指差して、こう言った。
 
「キミが、自力で中川に会いにくればイイんだよ。アイドルになってさ」
 
 ……何言うてんの、この人?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 あの時、希クンが言っていたのは、つまりは、こういうこと。
 
『諒クンの妹』ってことを利用して盟にぃに会いに行くのがよくないなら。
『アイドル』になって、仕事で会えるようにすればいい、と。
 
 それとね。
 ちょくちょく会ってたら、たぶんずっと、『カワイイ妹』のままだけど。
 しばらく会わずにいて、目の前にトツゼン現れたら。
 
「オトナっぽくなったナナを見て、中川も惚れちゃうカモよ? ……まぁ、オトナっぽくなってれば、の話だケド」
 
 と、いうことらしい(後半のシツレイ(失礼)な発言はモクサツ(黙殺))。
 
 希クンのそのコトバを信じて。
 13年間、あたしはいままで頑張ってきたのだ。
 
 自分が少しでもキレイでカワイク見えるように、雑誌とか見ながらケンキュウ(研究)したし。
 ガッコーのみんなには、あたしが『諒クンの妹』だってことは忘れて、ってお願いした。
 
 ゆっくりでもいい。自分の力だけで、盟にぃのところまで歩いていこう――――。
 
 
 
 
「お待たせしました。ウーロン茶と、カシスオレンジと……こちら、『いつもの』です」
 
 バーテンさんがニコッと笑って、あたしと盟にぃの前にドリンクを置いた。
 盟にぃは、あたしが手にした『いつもの』を覗き込む。
 
「……なーこちゃん、それ何?」
「えっとね……」
 
 ……なんだっけ。
 初めて作ってもらったときにバーテンさんから聞いたんだけど、えーっと……。
『なんとかなんとかアイスティー』。……やっぱハッキリ思い出せない。
 
「……アイスティーっすよっ」
 
 仕方なく、覚えてる部分だけ答えると、盟にぃはイタズラっぽく笑って、
 
「なんだ、おこちゃまかよ」
 
 おっ……おこちゃまっ!?
 
「んなっ、なんっすか、それ。……中川サンだって、オレンジジュースじゃないんっすか?」
 
 盟にぃの『カシスオレンジ』なんて『オレンジジュース』と同じっしょっ!?
 周りの様子を気にしながら『Andanteなーこ・モード』で返すと。
 盟にぃは『Hinata中川盟・モード』でニッと笑った。
 
「おこちゃまと一緒にしないでくださーい」
 
 盟にぃが『Hinata中川盟・モード』になる直前、ほんの一瞬、あたしにだけ見せてくれた、初めて会ったころと変わらないやさしい笑顔。
 それでもって、『おこちゃま』…………。
 
 ああぁぁ……ゼッタイ、『カワイイ妹』から抜け出せてないっ!!
 
 二つのグラスを手にして、直にぃのいるテーブルへと帰っていく盟にぃの背中を見つめながら。
 あたしは心の中で、あの『シツレイな社長ムスコ』に叫んだ。
 
 希クンの作戦、大失敗じゃんっっっっ!!
 
 
 
 
 
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