名古屋錦町のあやかし料亭~元あの世の獄卒猫の○○ごはん~
第6話 琵琶と龍笛
あのように愛らしい女だったとは。
滝夜叉姫と呼ばれている、五月は酷く上機嫌でいた。
怨霊から幽霊まで降格したが、界隈では食事が出来る。必要とはしないが、久しぶりの食事と酒に上機嫌になるのは無理もない。
便りは送ったが、いきなりの来訪にあの猫人は文句も言わずに出迎えてくれた。五月が来訪する理由となった、彼奴の番となる女ーー湖沼美兎は、見た目以上に愛らしかった。
年相応かと思えば、まるで童のように花の笑顔を綻ばせたりと。五月の身の上を明かしても、驚きはしたが引いたりはしていなかった。
だから、今日訪れた理由以上に、あの女を気に入ったのだ。
界隈で飲み明かすのも悪くはないが、今日はまた先約があるのだ。だから、あの楽しい宴から抜けてきた。
「……さてさて、行くかえ?」
界隈をいくつか渡り歩いているうちに、目的の場所に到着する。時期は早いのに、狂い咲きには少しおかしい。梅が満開に咲いていたのだ。
ならば、今耳に聴こえる琵琶の音の主のせいか。
五月は高下駄をカランコロンと鳴らしながら、その主に近づく。
五月が近づけば、相手も曲目を変えて五月の耳に馴染んだ音を奏でてくれた。であれば、五月の予想通りの主に違いない。
「久しいのお? 空木よ?」
会合を約束していた相手は、美兎の祖先でもある覚の空木。
薄緑の長い艶髪は五月にも負けず美しい。顔も同じく。いくらか悔しいが、霊となった己とは違う存在で、しかも大妖怪と言って過言ではないのだ。
だから、彼の番には悪いが今だけはその美しさを愛でたいので、隣にゆるりと腰掛けた。
空木は、何も言わずに琵琶を奏でているだけ。
「……我が子孫のために。御足労ありがとうございます」
そして、五月に頼んだ依頼について礼を告げてくれた。
「ふふ。あちきは多少加護を与えた程度。主が出来ただろうに、あちきが元人間だった理由で頼むとは」
「あの子は……覚悟はしているようですが。いざその時になるとわかりません。だからこそ、妖である私よりもあなたにお願いしたんですよ」
「そうかえ?」
この妖の気配は高まってはいたが、それで妖術が使える人間になれるかと考えれば、五月でも否と答えられる。
だからこそ、同じ人間だったのに妖術が扱える五月が霊力などをいじれば造作もない。
今頃、恋仲の火坑が気づいて教えてあげているだろう。そう思うと、自然と笑みがこぼれる。
空木はまた曲目を変えながら、話を続けてくれた。
「我が妻も、早く会いたいとは言っていたものの。贈りたい品を作るのに手間取っていますからね? その間に、あの子に出来るだけのことはしてあげたいんです」
「ほう? であれば、あちきのもその一つかえ?」
「ふふ。そうですね? あの子と我が妻は外見も中身もそっくりですから」
「巡り巡って、魂の片鱗が輪廻転生したかもしれぬのお?」
「ないとは言い切れませんね?」
「応。あちきも、せめてあの者が火坑と誠の意味で番うまでは。……あの世には行けぬ」
「理解者が多いのは嬉しいです」
「とは言え、あの者の縁の糸は強い。であれば、あちきの糸はその一片でしかありんすよ?」
今は、あの世。所謂地獄で処罰を受けている実父よりは刑罰対象はマシになったものの。美兎の言う通り、犯罪を犯した者であるから地獄行きは決定。
だが、もう少し。
もう少しだけ、現世を謳歌したい。
そのための手助けになるのなら、五月はいくらでも手を貸そうと決めたのだった。
新春は過ぎても、春はまだ遠い。五月も懐から龍笛を取り出して、空木の演奏に合わせるのだった。
滝夜叉姫と呼ばれている、五月は酷く上機嫌でいた。
怨霊から幽霊まで降格したが、界隈では食事が出来る。必要とはしないが、久しぶりの食事と酒に上機嫌になるのは無理もない。
便りは送ったが、いきなりの来訪にあの猫人は文句も言わずに出迎えてくれた。五月が来訪する理由となった、彼奴の番となる女ーー湖沼美兎は、見た目以上に愛らしかった。
年相応かと思えば、まるで童のように花の笑顔を綻ばせたりと。五月の身の上を明かしても、驚きはしたが引いたりはしていなかった。
だから、今日訪れた理由以上に、あの女を気に入ったのだ。
界隈で飲み明かすのも悪くはないが、今日はまた先約があるのだ。だから、あの楽しい宴から抜けてきた。
「……さてさて、行くかえ?」
界隈をいくつか渡り歩いているうちに、目的の場所に到着する。時期は早いのに、狂い咲きには少しおかしい。梅が満開に咲いていたのだ。
ならば、今耳に聴こえる琵琶の音の主のせいか。
五月は高下駄をカランコロンと鳴らしながら、その主に近づく。
五月が近づけば、相手も曲目を変えて五月の耳に馴染んだ音を奏でてくれた。であれば、五月の予想通りの主に違いない。
「久しいのお? 空木よ?」
会合を約束していた相手は、美兎の祖先でもある覚の空木。
薄緑の長い艶髪は五月にも負けず美しい。顔も同じく。いくらか悔しいが、霊となった己とは違う存在で、しかも大妖怪と言って過言ではないのだ。
だから、彼の番には悪いが今だけはその美しさを愛でたいので、隣にゆるりと腰掛けた。
空木は、何も言わずに琵琶を奏でているだけ。
「……我が子孫のために。御足労ありがとうございます」
そして、五月に頼んだ依頼について礼を告げてくれた。
「ふふ。あちきは多少加護を与えた程度。主が出来ただろうに、あちきが元人間だった理由で頼むとは」
「あの子は……覚悟はしているようですが。いざその時になるとわかりません。だからこそ、妖である私よりもあなたにお願いしたんですよ」
「そうかえ?」
この妖の気配は高まってはいたが、それで妖術が使える人間になれるかと考えれば、五月でも否と答えられる。
だからこそ、同じ人間だったのに妖術が扱える五月が霊力などをいじれば造作もない。
今頃、恋仲の火坑が気づいて教えてあげているだろう。そう思うと、自然と笑みがこぼれる。
空木はまた曲目を変えながら、話を続けてくれた。
「我が妻も、早く会いたいとは言っていたものの。贈りたい品を作るのに手間取っていますからね? その間に、あの子に出来るだけのことはしてあげたいんです」
「ほう? であれば、あちきのもその一つかえ?」
「ふふ。そうですね? あの子と我が妻は外見も中身もそっくりですから」
「巡り巡って、魂の片鱗が輪廻転生したかもしれぬのお?」
「ないとは言い切れませんね?」
「応。あちきも、せめてあの者が火坑と誠の意味で番うまでは。……あの世には行けぬ」
「理解者が多いのは嬉しいです」
「とは言え、あの者の縁の糸は強い。であれば、あちきの糸はその一片でしかありんすよ?」
今は、あの世。所謂地獄で処罰を受けている実父よりは刑罰対象はマシになったものの。美兎の言う通り、犯罪を犯した者であるから地獄行きは決定。
だが、もう少し。
もう少しだけ、現世を謳歌したい。
そのための手助けになるのなら、五月はいくらでも手を貸そうと決めたのだった。
新春は過ぎても、春はまだ遠い。五月も懐から龍笛を取り出して、空木の演奏に合わせるのだった。