名古屋錦町のあやかし料亭~元あの世の獄卒猫の○○ごはん~

第2話 榊真穂

 つい先日、火坑(香取響也)に引き続き。息子がもう彼女を紹介するのに、父親は驚いているのだろう。

 真穂(まほ)を見ても、少ししかめっ面をしているだけ。それは無理もない。海峰斗(みほと)はスタイリストという職業柄、モテやすい。

 妹の美兎(みう)から見ても、たしかにモテるイケメンだと思っている。ブラコンではないと思うが、昔から面倒見のいい兄とそこまで喧嘩したことはない。

 ないが、まさか同じように妖と交際するまでは予想外だったが。


「お招きありがとうございます。つまらないものですが、こちらを持ってきました」


 他所行きモードの真穂は、いつものマイペースさが欠片もない上品なお嬢様に見える。服装は着物ではなく洋服だが、それでも上品さが滲み出ているのだ。

 そして、持ってきたお菓子は(さかえ)にあるrougeのマカロン。今日のために、赤鬼の隆輝(りゅうき)が腕を振るったらしい。何せ、大妖怪の座敷童子が人間を伴侶にするからだ。


「あら、美味しそうなお菓子! 早速お茶にしましょう!」


 母は、まだ真穂が小説家の『榊真穂』だとは気づいていないのか、初対面だから遠慮しているのか。とりあえず、父の案内でリビングのソファに海峰斗と一緒に腰掛けさせて。

 美兎は、母の方を手伝った。


「お母さん、手伝うよ」
「あら、ありがとう。……ねえねえ、美兎」
「なーに?」


 もしや、と身構えていたら。母がはしゃぎ出したのだった。


「榊さんって、もしかしてあの(・・)榊真穂先生!? 実年齢若いってのはインタビューとかであったし、もしかしてって思ったんだけど!!」


 やっぱり、気づいていたらしい。けど、本人の前でいち早くサインを求めるまでの強引さはない。そこは、流石に大人として弁えているのだろう。


「……うん。実は私も今日知ったんだけど、真穂ちゃん作家さんなんだって」
「やっぱり!? あ〜〜、お母さんはしゃいじゃいそう!!」
「落ち着いて。とりあえず、お茶持って行こう?」


 と、リビングにお茶とお菓子を持って行ったら。既に話は始まっていたのか、少し騒がしかった。

 と言うより、母のように父がはしゃいでいるような。


「あのトリックには驚かされたよ! 真穂ちゃんは賢いんだね!!」
「いえ。そんな……ずっと書いていると慣れてもきますし」
「俺はまだあんま読んでねーけど」
「読みなさい! あれは直木賞を取ってもおかしくはないから!!」
「お……父さん、持ち上げ過ぎですよ?」


 既に、真穂が小説家だと。おそらく海峰斗が話したか、父が聞いたのか。とりあえず、緊迫感は既にどっかに行ってしまったようだ。


「あらー? やっぱり、榊先生だったの?」
「あ、すみません。お父さんが気になったようなので」
「私も気になってたからわかるわ〜! ね、ね、後でサインいただけないかしら??」
「それなら……つい最近の献本を持参したので、これを。裸で申し訳ないですが」
「榊先生の新作!?」
「その、発売前のを!?」


 ここまではしゃぐ両親を、今まで見たことがあるだろうか。美兎や海峰斗の就職祝いでもだったが、共通の趣味ではしゃいでしまうのは歳を重ねても同じだろう。


「さ、さ! 今日は榊先生が海峰斗と来たんだから色々お話しましょう?」
「あの、お母さん。先生……はこしょばゆいので真穂でいいですよ?」
「あら、いいの? じゃ、お菓子いただいたら全員で節分しましょうか?」
「お母さん、用意してたの??」
「ふふ。息子の彼女さん込みでやりたかったのよー? 真穂ちゃん、いいかしら?」
「喜んで」


 それから、嘘の馴れ初めを話し。幼馴染みだったと言うことにしてから、最近付き合うことになったと両親には告げて。

 美味しいマカロンを食べ終えてからは、海峰斗が鬼役になって豆まきをして。関西主流だった恵方巻きをハーフサイズにしたのを全員で頬張り。

 火坑も一緒にできたらなあ、と思わずにいられなかった。


「あー、満腹。私もう無理かも」
「……私もちょっと満腹」
「大丈夫かー?」


 母以外の女二人は、ハーフサイズでも具沢山の手作り恵方巻きは大変だった。普段から、軽めのを小分けして食べる習慣が楽庵(らくあん)であったので。美兎も真穂も満腹寸前。


「お父さんもちょっときついな?……歳は取りたくないな」
「そうね? 来年はもう少し控えるわ」
「そうしてくれ」


 とりあえず、真穂は海峰斗の彼女と認識してもらい。

 海峰斗は真穂を送りたいと言い。美兎の自宅ではなく、真穂の居住地に案内する理由で界隈デビューをするそうだ。
< 134 / 226 >

この作品をシェア

pagetop