名古屋錦町のあやかし料亭~元あの世の獄卒猫の○○ごはん~
菅公

第1話 京都に向けて

 ここは、錦町(にしきまち)に接する妖との境界。

 ヒトとも接する歓楽街の界隈に、ほんの少し接しているのだが。ヒトから入るには、ある程度の資質を持つ者でしか訪れるのは叶わず。

 たとえばそう、妖が好む霊力があるとすれば。

 元地獄の補佐官だった猫と人のような姿をしている店主の営む小料理屋、『楽庵(らくあん)』に辿りつけれるかもしれない。











 美兎(みう)はドキドキしていた。

 新社会人のタグが外れ、入社二年目と言う重みを背負うことになったのもだが。

 今週末、とうとう恋人と京都旅行に向かうのだから。


「へ〜〜? 美兎っち京都行くんだ〜?」
「ちょうどいい時期じゃない?」


 新入社員の入社式と研修準備を終えて、昼休み。

 美兎は、同期の田城(たしろ)真衣(まい)と先輩の沓木(くつき)桂那(けいな)とランチに出かけていた。

 そして、日取りと予定が立ったので、二人にも伝えたのだ。


「お土産、買ってきますね?」
「期待してる〜〜!! 定番の八つ橋もいいけど〜、ロールケーキとか色々あるもんね〜?」
「あら、田城ちゃん? 京都行ったの?」
「いえいえ〜? テレビの特集見ただけですよ〜? あ〜、(ゆう)さんとも行きたい〜!」


 まだ付き合いは三人の中だと一番短いが、確実に美兎よりもラブラブなのだろう。

 風吹(ふぶき)には最近会えていないが、バレンタイン以降一度だけ再会した時は。メカクレがなくなり、綺麗な顔を丸出しにしていた。

 田城と付き合うことで、自信が持てたのだろう。


「京都……ね? 夏はあんまり行かない方がいいわよ? 名古屋とは違う猛暑で死ぬし、地下道ほとんどないから」
「先輩、夏に行ったんですか?」
「出張の関係でね? 新人だったから、ほんと体力なくて死ぬとこだったわ……」


 二度と行きたくない、と言う沓木の表情に。一度、火坑(かきょう)に聞いてみようかなと思った。


「夏? 初夏? たしか、京都では伝統のお祭りありましたよねえ?」
「七月の祇園祭ね? 広告関連はうちに仕事来ることないけど。名古屋の行列祭り以上に人混み凄いらしいって聞くわ」
「ずっと長く続いてるお祭りらしいですよね?」


 伝統の祭りに、もし響也(きょうや)の火坑と行けたら。たとえ人混みが凄くても、きっと楽しいに違いない。

 とりあえずは、すぐ目の前に迫ってる旅行の方が優先だが。


「まあ。なんであれ、楽しんできなさい? あの大将さんのことだから、丁寧にエスコートしてくれると思うわ」
「舞妓体験とかする?」
「え……っと、お着物デート……はするよ」
「おお!」
「その方が無難ね? 舞妓っていうか芸妓? の体験で着る着物の方が動きにくそうだし」
「え、芸妓なんすか?」
「舞妓って呼ばれる期間は結構短いらしいわよ?」


 舞妓体験をしてみたくないと言えば嘘になるが。

 着物できちんとデートするのも、少し前に名古屋駅回りを歩いた着物デートで知ることが出来た。

 あのデートも楽しかったから、京都だともっと楽しいかもしれない。

 とりあえず、妖界隈の人達にもお土産を買おうかどうか悩んだが。

 その日に楽庵に行く時、座敷童子の真穂(まほ)に聞いてみたら。


「真穂達へのお土産? 人間界の京都で?」
「うん。出来れば皆に買ってきたいんだけど」
「真穂はいいわよ。守護だから、影でついていくし。京都の魑魅魍魎達はうるさいもの」
「うるさい?」
「いくら火坑が居ても、霊力が高まった美兎を守り切れるとは限らないわ。こっちより、京都の方がそう言う妖達で面倒いの」
「へぇ……」


 たしかに。美兎は普通の人間ではないけれど、狙われるとは思ってみなかった。

 楽庵に到着して火坑にも聞くと、同じような返答があった。


「そうですね。力不足ですが、僕だけじゃ美兎さんをお守り出来るかわかりません」
「ね? けど、春の京都に連れてってあげたいんでしょ?」
「ええ。京都の八重桜を」
「わあ」


 危険はあるかもしれないが、どんな京都旅行になるのか楽しみだった。

 ちなみに、妖達のお土産は霊夢(れむ)のところに預けて配る形になり。

 お土産も味の違う八つ橋にしようと決めたのだった。
< 186 / 226 >

この作品をシェア

pagetop