名古屋錦町のあやかし料亭~元あの世の獄卒猫の○○ごはん~
第3話 がしゃどくろ③
抱きしめられた。
妖怪とは言え、男の人に抱きしめられてしまった。
父親や親戚以外だと初めての事だったので、秋保は頭が沸騰しそうなくらい慌てた。
だけど、ジタバタしていても合歓は秋保をぎゅっと抱きしめるだけで。それと、秋保の頬に少し生温かい液体が落ちてきた。
なんだろうと、顔を上げたら。
「合歓、さん。泣いてる……?」
「…………え?」
本人も気づいていなかったのだろうか。
秋保が声をかけても、ちっとも泣き止む気配がなくて。けれど、大粒の涙をぽたぽたと流している様子が。
この上なく、綺麗で。
秋保は不謹慎だと思うが、彼の泣き顔に胸が高鳴ったのだった。
「だ、大丈夫、ですか……?」
「あ、うん。ごめん……いきなり抱きしめちゃって」
「い、いえ……」
そう言いながら、腕の中から解放してくれたのだが。どうしてか、少し寂しいと感じた。
どうしてしまったのだろうか。秋保は変になってしまったのか。念願だった、骨を堪能した反動のせいだろうか。
ちらっと、合歓を見ると、まだ涙は止まらないようで。
人間の姿はただでさえ、美形の美形なのに。やっぱり、泣き顔も綺麗で秋保の胸がドキドキしてしまう。
たしかに、ずっとかっこいいとかイケメンとか言ったりはしていたが。
ただ、男性としてはそこまで意識していなかった。だから、今まさに。
妖怪であろうが、彼を『ひとりの男性』として意識してしまったのだ。そう合点がいくと、先程のハグまで再確認するように意識してしまう。
匂い。
体温。
しっかりとした腕。
そのひとつひとつに、これまで恋人がいなかった秋保は。初めてだらけのことに意識してしまった。
恋人がいなかったのは、秋保の個人的な趣味である骨マニアに大半の男性が引かれてしまったからだ。友達もいなくはないが少ない方。美兎が久しぶりに友達になれたくらい久しぶりだ。
それはいいとして。
「あ〜……くっそ、止まんねぇ」
合歓は合歓で、全然止まらない涙に苦戦しているようだ。
袖で擦っているせいで、妖怪でも目元が赤くなっていた。だから、咄嗟に鞄からハンカチを出して彼に渡してやった。
「あ、あの。気休めですけど、使ってください……」
「……いいの?」
「はい。腕で擦ったら、痛くなりますし」
「……ありがと」
また、言われた。
抱きしめられた時にも言われたのだが、あの時は何に対してだろう。
秋保は骨妖怪である『がしゃどくろ』を褒めちぎっただけなのに。いけないことをしたわけではないだろうが。
特に、お礼を言われるようなことはしていないはずだ。
首をひねりながら考えているうちに、合歓の涙もようやく落ち着いたらしい。
「大丈夫ですか……?」
「あー、うん。ごめん、情け無いとこ見せて」
「いえ。……あの、私何かしました?」
秋保のわがままで、今日の約束をして。
秋保のわがままで、好き勝手に骨を堪能させてもらった。
それだけなのに、彼は何故か泣いてしまい、秋保を抱きしめてお礼を言ったのだ。考えても考えても、わからない。
すると、合歓は小さく笑い出した。
「したよ? 俺の本性を怖いと思うどころか。喜んでくれた」
「え……だって、大好きな骨でしたし」
「それそれ。大好きだなんて、言われたことなかったんだよ。あの姿で。仕事関係とかで、ほら、俺人化じゃこの見た目だから言い寄られることはあっても。あっちで言われるどころか逃げ出されるばっかだから」
「……酷い」
たしかに、骨だけの姿は普通の女性だと恐怖に映るかもしれないが。
あれだけの曲線美に、立派な骨格は標本と比べるまでもない。
その姿を見ただけで、好きになった相手を拒否するだなんて、意味がわからない。
とは言え、秋保もだいぶ特殊な趣味だとは自覚はしているけれど。
ぽつりとつぶやいたのが聞こえていたのか、合歓はまた小さく笑ってくれた。
「だから、笹河原さんがそう言ってくれたのが、俺にとって初めてだから嬉しかったわけ」
と、ぽんぽんと髪を撫でてくれる手つきが優しくて。
今度は、秋保が泣きそうになってしまった。
ああ、まだ出会ったばかりなのに。
自分の趣味でお礼を言われることなんてなかったから。
不謹慎だが、この妖怪さんに惹かれているのを自覚したのだった。