名古屋錦町のあやかし料亭~元あの世の獄卒猫の○○ごはん~
第3話 ケサランパサラン
試着をしたところで、真穂やウサギ店員の穂積達から似合う似合うと褒めちぎられたのだが。
「とてもよくお似合いです!……あら?」
何か気になったのか、穂積は美兎が着ている服のポンポンに手を添えた。
「これは……?」
「あ、あの、どうかされたんですか?」
「いえ。この服にポンポンはつけていなかったような……?」
「あ、店員さん。それ、多分ケサランパサランだよ?」
「あら!」
「え、けさ……?」
「ケサランパサラン。古くからいる日本の妖の一種だよ?」
「こ、このポンポンが……?」
「一回着替えてきて?」
「真穂様。場所を変えましょう。湖沼様がお着替えなされてから、社員の休憩フロアにでも」
「うん、そうしよっか?」
なんだかとんでもない事態にまた巻き込まれたんじゃ、と美兎は不安が込み上がってきたが。着替えた後、その服ごと社員用の休憩フロアに連れて行かれて。
これまた、白い狐顔の、多分男性の妖がやってきてからケサランパサランについての真偽を確かめることになった。
「わたくしは、当店の課長を務めさせていただいております。久我と申します。本日は当店にお越しいただき誠にありがとうございます」
「い、いえ。こちらこそ……湖沼と申します」
名刺こそは渡されなかったが、丁寧な立ち振る舞いに美兎は持てるビジネスマナーでなんとか受け答えをするのだった。
「本日は、お召し物をお買い上げいただくとのことを、穂積から聞きました。ただ、試着の時に服にケサランパサランがついていたと」
「あ、はい。これなんですが」
真穂に持つのは美兎本人がいいと言われたので、そのまま持っていたが。ケサランパサランらしいポンポンが付いている縁を持つと、久我はスーツの懐からルーペのようなものを取り出した。
丁寧に服とポンポンを手に取り、じっくりという感じにポンポンを眺めていく。すると、ほんの少しだけポンポンに触れたら、小さな目のようなものが美兎の目にも確認出来た。
「間違いありませんね。ケサランパサランです」
「これ……どういう妖なんですか?」
まだまだ妖については勉強中の美兎には、どういう存在かさっぱりわからない。久我は、そんな美兎の態度にもにっこりと笑顔で対応してくれた。
「真穂様……座敷童子とは違う、幸運の象徴とも言われる存在ですね。ただし、一度願いを叶えると消滅ではありませんが昇華してしまうなど。説は多々ありますが、ここ最近目撃情報が妖界隈でも多数寄せられています」
「幸運の、象徴?」
手のひらサイズの綿ぼこりみたいなのが。
美兎もちょんちょんと触ってみたら、目の部分が細くなって指にすりついてくるように体を寄せてきた。
「しかも、袖口の縁。左右に一対。これは、またとない幸運の証ですね……」
「真穂がいるからだけども〜。湖沼ちゃん、そのケサランパサランはこの人達にあげて、服の選び直ししようよ?」
「あ、うん?」
「でしたら! 本日お選びになられたお召し物の代金を……そうですね。60%サービスはいかがでしょう?」
「え!?」
「おーけーおーけー! それで行こう!」
「ありがとうございます。では、ケサランパサランの部分はお預かりしますので。お召し物の方は穂積に持たせますね?」
「え、え、えぇえええええ!?」
ただポンポンを見つけただけなのに、随分なサービスを受けてしまった。
とにかく、真穂のテンションもうなぎ上りになり、美兎の服や靴、はたまたバックを一通り選んでは購入して。
お昼には、鏡湖のレストランフロアにあるイタリアレストランで大いに飲み食いをしたのだった。
「い、いいのかなあ……」
「何が?」
「何がって、こんなにも素敵なとこで……下手すると量販店並みの金額で欲しいものが買えたり、とか」
「真穂がいるから、いいことづくめなんだもん! ピザ食べちゃうよー?」
「あ、食べる食べる!」
お腹は正直言ってペコペコだったから、美兎は慌ててマルゲリータを口にした。生地は外側がカリカリでソースの載ってる部分はもちもち。チーズもよく伸びるし、実に食べ応えがあった。
「けどぉ。ちょっと聞いてたけど、ケサランパサランの大量発生かあ。人間の方でもあったら、ちょっと大変だね?」
「ど、どんな?」
「ちょっと悪い人間に見つかったら、犯罪の材料にされちゃう」
「え」
「湖沼ちゃんや辰也とかが違うのは知ってるけど。人間はいいことどころか悪いことに幸運を利用しがちだもん」
「……そうだね」
美兎は、本当に運が良かっただけだ。
錦にたまたま出向いて、火坑と出会い、その店で吉夢を宝来から譲り受けた。その縁で、真穂とも出会えたのだ。
悪いことに、なんていうのは思いつかないが。あの猫人を好きになった経緯で、そんなバカな事態は思いつかない。
人の心を動かす気持ちも、全く。
そもそも、美兎は火坑に常連客以上の思いを持たれているのか、少し心配だった。昨日のあの慈愛に満ちた微笑みはいったい。
けど、深追いは出来ない。たまたまだったかもしれないから、と美兎はセットで頼んだ紅茶をひと口飲んだ。
「……美味しい」
「ここのスペシャルブレンドだもんね? 真穂がいるし、特別に出してくれたんだと思うよ?」
「真穂ちゃんが座敷童子だから?」
「ん。あと、ある意味ここの役員だから?」
「や、役員?」
「真穂以外にも、数人いるけど。座敷童子御用達のデパートなんだー?」
「こ、この前言ってなかったじゃん!?」
「ちょっと湖沼ちゃんを驚かせたくて〜」
まったく、茶目っ気が強いのかそうでないのか、よくわからない座敷童子だった。
「じゃ、荷物は配達したし。次は普段着で行こう!」
「ふ、普段着!?」
「そして終わったら、楽庵に突撃して。火坑をメロメロにしてやろう!」
「え、えぇえええええ!?」
守護についてもらった座敷童子の勢いは、止まるところを見せなかったのである。