名古屋錦町のあやかし料亭~元あの世の獄卒猫の○○ごはん~
第4話 第一補佐官
結局。
普段着の方も座敷童子の真穂と同行しているのと、ケサランパサランを見つけた功績により大量に購入出来てしまったのだ。
しかも、いつも仕事で着ているようなパンツスタイルではなくスカートで。とても美兎の好みのドストライクに当てはまるくらいに、素敵なブラウスと合わせて購入したのを。真穂の特権で、靴も購入してフルメイクも化粧品コーナーの従業員に施してもらい。これはどこぞのご令嬢か、と思うくらい綺麗にしてもらったのだ。
そして、いよいよ錦に行って、楽庵に向かったのだが。
「……見られてる?」
「美兎が綺麗だからだよ?」
「えー?」
たしかに身綺麗にしてもらったが、そんな芸能人とかみたいになっていないと思っているのだが。どうやら、妖界隈でも周囲には気になってしまうくらい整っているそうだ。
なら、火坑にも褒められるかな、などとちょっとだけ気分が上がってしまったが。締まりのない表情は見せられない、と気合を入れて楽庵に向かう。
いくつか角を曲がって、細長いビルが並ぶ、隙間の隙間くらいの細さ。そこに、楽庵は存在しているのだが。
何故か、昨日の今日なのに少し様子が変だ。
具体的には、店先なのだが。いつもきちんと掃除されているはずの楽庵が、ほこりまみれである。だが、黒っぽくなくて、逆に白っぽい。あと、美兎には少し見覚えのある感じだった。
「あれ〜?」
「真穂ちゃん、これって……」
「うん。ケサランパサラン」
「なんでこんなにも……?」
それと、火坑は大丈夫なのだろうか。
少し、いやだいぶ心配になってきたが。扉へ行こうにもケサランパサランが密集するように浮いているので、進みようがない。真穂に対処出来るか顔を見ても、ふるふると首を横に振った。
「火坑の料理か何かに引き寄せられたにしても、手のつけようがないよ。術か何かで追っ払っても、帰りにまた増えまくる可能性大だし」
「じゃ、どうすれば……」
「少々困った状況ですね? 少しお力添えいたしましょうか?」
「……え?」
耳通りの良い声に、美兎は一瞬火坑がいるのでは、と勘違いしかけた。
けれど、振り返ってみれば、そこにいたのは火坑ではなかったが。人間の姿をしていた火坑に雰囲気がよく似た、けれど、とても涼しげな印象を感じた美形の青年が立っていた。
例えると、昨日の大神とは違い黒髪だが、年頃が近いような。少し長い髪を丁寧に後ろで結んで、服装は何故か神社で見かける神主さんみたいな格好。
彼も、妖か何かだろうか。美兎が返事をしかねていると、真穂が彼に指を向けた。
「亜条!」
「ご無沙汰してますね、真穂殿」
「なんでここに?」
「いえ。久方振りに元同僚の馳走を、と」
「ふーん?」
「あ、あの……?」
「ああ。申し遅れました。わたくし、火坑の元同僚であり、閻魔大王の第一補佐官を務めさせていただいています。……亜条とでもお呼びください」
「え、えと! 湖沼美兎、です! こ、ここに通わせていただいています!」
「ふふ。火坑からは時折聞いていますよ? 可愛らしい人間のお嬢さんが常連になってくださったと」
「は、はひ!?」
なんて説明をしているのだ、とびっくりしたが少しだけ嬉しかった。
普段の、仕事で疲れ切っている方の自分でも可愛いと言ってもらえるだなんて。お世辞でも、美兎にとっては嬉しかった。
「しかし。あれも色々好かれやすいですが、すごい量の袈裟羅・婆娑羅ですねえ?」
「あの……ケサランパサランじゃ?」
「ああ、いえ。それも間違ってはおりません。ただ、日本の古い妖の伝承だと、今わたくしが言ったような呼び名なのですよ」
「そうなんですか?」
「亜条、どうするの?」
「そうですね。少しばかり、他所に移っていただきましょうか?」
亜条は、着ている服の隙間に手を入れ、取り出したのは綺麗な扇子。しかも安売りしてるような、縁日で持ち歩けるタイプではなく、しっかりとした造りだった。
それを片手で丁寧に広げると、ケサランパサランの方に向けたのだった。
「去ね、去ね、ここより、去ね。我が真名をもって命じよう。ここより、去ね」
呪文かなにかを呟きながら、左右に扇子を舞わせると。あれだけ大量に浮いてたケサランパサランが少しずつ動き出して。
夕闇も近い空に、少しずつ浮かび上がって見えなくなってしまったのだった。
「こんなところでしょうか?」
「亜条、さっすがぁ!」
「す、すごいです!」
「いえいえ。けれど、これだけの袈裟羅達を火坑はどのようにして連れてきてしまったのか」
「……説明しますよ。亜条さん」
「火坑さん!」
ケサランパサランがいなくなったお陰か、火坑が疲れ切った表情で出て来た。
美兎はなりふり構わずに駆け寄り、思わず彼の両手を掴んだ。
「湖沼さん?」
「火坑さん! お怪我とかは!」
「い、いえ。出られなくなった以外特には」
「良かったです……」
無事だったのなら何よりだ。
思わず、やってもらったメイクを気にする余裕もなく、ほろほろと泣いてしまうのだった。
「女性を泣かせるとは、罪作りな猫だね? お前も」
「……すみません」
「うんうん」
「あ」
そう言えば、一人じゃないのを思い出して。
美兎は、今度は真穂や亜条にも腰をペコペコさせながら謝罪をするのだった。