名古屋錦町のあやかし料亭~元あの世の獄卒猫の○○ごはん~

第6話『山栗のおこわ』


 愉快、実に愉快。

 閻魔大王の推察があったとは言え。

 元第四補佐官であった、猫畜生出身の、今の元同僚は。

 いつもの涼しげな表情とはかけ離れ、元同僚という間柄のせいか。亜条(あじょう)に向けている表情はひどく不機嫌でいる。いささか、あの人間の女性についてからかい過ぎたせいだろう。


「……先輩、何をしに来られたんですか?」
「ふふ。お前は相変わらず素直かどうかわからない性格だねぇ?」
「……答えになっていません」
「いや何? 閻魔大王も気にかけてらっしゃったよ? お前のことを」
「……僕を?」
「気に入りの猫が、気に入りの(つがい)をようやく見つけたのか。と」
「! え、いえ、は……ぁ!?」
「今包丁を持っていなくてよかったよ」


 子持ち鮎の塩焼きにした残りで、一杯やっていたのだが。それだと腹が減るので飯物はないかと聞いたら、山栗のおこわがあると言われたので待っているのだ。

 あの湖沼(こぬま)美兎(みう)や守護の真穂(まほ)に出さなかったのは、まだ出来上がっていなかったからである。炊飯器ではなく、蒸し器で炊いてる湯気からはほのかに栗の甘い香りが乗ってきて、亜条の鼻をくすぐった。

 とりあえず、狭い店の厨房で盛大に転んだ後輩に、怪我をしてないかと聞けば大丈夫と返事が返ってきた。


「い、いえ……その……え? 僕が、湖沼……さんを?」
「自覚なしだったのかい? 咲耶姫にも動じなかったお前が、あの可愛らしい女性に惚れるとは。大王は見抜いていらっしゃったよ?」
「ぼ、僕……が、え?」
「正気に戻れ。おこわ出来そうなら、お前も食べなさい。空きっ腹では考えてもまとまらないだろう?」
「……そうします」


 そうして、出来上がったおこわを茶碗に丁寧に盛り付けられたのを。亜条の隣に座って、火坑(かきょう)もちびちびと肉球のない猫手で、箸を手にして食べ始めた。


「さしずめ、野に咲く可憐な花を摘みとらないようにしてたのかな?」
「……いくら、半妖が寛容になった時代とは言え。彼女には、もっと相応しいヒトが」
「なら。お前は黙って、どこぞの馬の骨に彼女を連れてかれても良いのかな?」
「…………無理、です」


 しっかり自覚をしたのなら、さっさと告白すればいいのに不甲斐ない猫後輩だ。

 けれど、今の今で自覚したばかりにそれは酷か。

 とりあえず、茶碗と箸を持ったまま器用にカウンターの卓の上で突っ伏している様子は、亜条にとっては愉快でしかなかった。元同僚の恋路をこの目で見てるとは、まさに僥倖だ。

 しかしながら、出来立てのおこわ美味なこと。


「甘味はあえて、山栗の甘さのみ。酒の風味と塩味が抜群だね? 餅米に米を混ぜてあるからか、軽くて食べやすい」
「…………お粗末様です」
「彼女の胃袋も掴んでいるんだから、ここの若女将にもなってもらえばいいんじゃないかな?」
「……彼女は、まだ社会人一年目ですよ? それに、その……まだ僕が想ってるだけで、恋人でもなんでもありませんし」
「……鈍いね」
「はい?」


 座敷童子の真穂も気付くくらいの、火坑に向けられたあの湖沼の眼差しはどこをどう見ても。恋している女性そのものなのに。

 肝心の向けられている張本人には、一切伝わってないか単なる社交辞令と思っているのか。仕事が出来ることに変わらない現世でも相変わらずの元補佐官だ。

 猫畜生だった時も、気に入られていた視線は全部厚意と思ってたくらいだから。きっと、今でも変わらないのだろう。

 修行に出させる意味で、地獄から転生させられたのにまるでなってない。が、これも因果ゆえか。


「お前の人化の術も。もっと見目麗しくすればいいものを。何を思って地味にしてるんだい? 湖沼さんには好かれているかもしれないだろうが」
「何故、って。下手に目立ちたくないからで」
「なら、仮にその姿で人間界でデートは出来ないだろう? 人化の術を磨きたまえ。彼女は磨けば光る原石以上だ。群がる人間の男どもは職場でも多いはずだ」
「そ、れは……」


 知性を持った猫畜生以上の妖になったとは言え。思う女性はあの世でも特にいなかったのだが、現世に転生させて、ようやく見つかったのだ。

 相手も想っているのだから、是非にも結ばれて欲しいのに。湖沼もだが、こちらも自分に自信がないでいる。全く持って、似た者同士だから実に愉快だ。

 黙々と食べていた火坑だったが、なくなると亜条にもおかわりはいるかと聞かれたのでもちろんと答えた。

 ホクホクとした栗の甘みと食感。塩味の軽いおこわは実に絶品だからだ。


「真穂殿がいるとは言え、彼女の自宅は知っているのだろう? このおこわを届ければいいのに」
「で……きません!」
「それか、あれか? 袈裟羅達に結ばれるように願いを叶えてもらうとか」
「そんな! 自分の気持ちは自分で言います! 妖の力でだなんて」
「ほら、それが答えだ。決めたのなら、さっさと言いなさい」
「先輩……わざとですか?」
「さてね?」


 おかわりをもらいながら、現世ではケサランパサランと呼ばれているあの妖について考えていたが。

 異常な増え方で、もし人間達が気づいて犯罪などに使われでもしたら大変ですまない。己の願いは、基本的に己で解決すべき。

 あの世も、現世でも、それは変わらない。

 神頼みに神社を訪れる人間がいようとも、本質的に変わらないのだ。

 ただ、この店先からあの世に移動させたケサランパサラン達の量は凄かったが。推察だけでは解決しようがないので、二杯目のおこわを食べてから亜条は不完全燃焼の火坑を置いて、あの世へと戻った。

 地獄に戻り、出かけ着のまま閻魔大王のところへ行くと、山のような書簡に埋もれた大柄の青年が顔を上げたのだった。


「……どうだった?」
「ふふ。あれはようやく自覚しましたよ?」
「そうか!」


 豊かな黒い髭を撫でると、青年ーー閻魔大王は自分のことのように喜んでいた。


「自覚した途端、大袈裟なくらい転んでましたよ?」
「はっはっは! 火坑も猫とヒトとの間になってようやく恋心を育んだか? 相手は?」
「ご推察通り、最近気に入りの女性ですよ。半妖の流れを持っているので、霊力は折り紙付きです。座敷童子の真穂殿が自ら守護妖になったほどです」
「ほーう? 見てみたいな? 火坑にもしばらく会っていない」
「せめて、お彼岸が終わってからですよ。大王?」
「う」


 とりあえず、ケサランパサランの報告もした上で亜条は仕事に戻り、閻魔大王は行きたくて行きたくてまるで子供のように拗ねてしまったのだった。
< 30 / 226 >

この作品をシェア

pagetop