名古屋錦町のあやかし料亭~元あの世の獄卒猫の○○ごはん~
第3話『スッポンスープ』
待ち人来ず。
その文言がしっくりくる位、秋も暮れに差し掛かってしまったが。錦町の妖界隈に小料理屋の楽庵を構えている、猫人の店主・火坑の元に。
座敷童子の真穂の守護を受けている、人間であり、店の常連客でもあり、そして想い人でもある湖沼美兎が。ちっとも店に来ないのに、どうしようか考えあぐねていた。
本当に、件のケサランパサラン問題は一応解決の方向になり、店の営業も再開出来たと言うのに。
なんの音沙汰もなく、ぷつりと糸が切れたように来ないのだ。同じ常連仲間の美作辰也にそれとなく聞いても、聞いていないと首を振られてしまったのだ。
そして、案の定。彼にも火坑自身が美兎を想っているのがバレてしまった。
「くく。……外野の俺でもわかるくらいでしたよ?」
「も、申し訳ありません……」
「なんで? いいことじゃないっすか? 奈雲達にも時々聞きましたよ? 人間と妖が結婚するのも珍しくないって」
「まあ、珍しくはありませんが……」
何故、美兎と付き合っている前提で話が進んでいるのだろうか。一応否定はしても、辰也には笑われているだけだった。
「空いてるかーい?」
「お、辰也じゃねーかぃ?」
次にやってきたのは、見た目は人間とあまり変わりがないろくろ首の盧翔。もう一人は小さな二足歩行のマレーバクのようでいる、夢喰いの宝来だった。
「あ、宝来さん。久しぶりです!……そちらの方は?」
「お、初めまして! 俺はろくろ首の盧翔ってもんだ!」
「ろくろ首? 首が長い?」
「そうそう、ほれ」
「お、おおお」
首が伸びるのを見てもらえないと、最初の人間にはわからない盧翔の特徴だが。正体を現すと、辰也は少し驚いていたが。首を元に戻されると少しほっとしていた。
「どうぞ。おかけください」
客入りは、今のところ辰也だけなので他の妖とかはいない。彼の守護についているかまいたち三兄弟は、ちょっとだけ用事があると今はいないのだ。
少し冷え込んできたので、熱いおしぼりをそれぞれ渡して手を清めてもらってから、注文を聞くことにした。
「本日はいかがなさいましょう?」
「俺、スッポンスープあるなら。それと芋のロック!」
「俺っちも! あと適当につまめるもん!」
「かしこまりました。先付けは自家製の甘辛キムチ です」
「お、嬉しいね!」
「旦那の漬物とかも、天下一品だからねぃ?」
飲むエンジンがかかってきたのか、ゆっくりと味わうように食べている間に。火坑も仕事の顔に戻しながら、酒や料理を仕上げていく。
「盧翔さん、当たりですよ? 今日は頭の部分が残っていたので」
「マジ! 俺好きー!」
「俺無理ですよ。だって、捌いた頭をそのままだなんて」
「兄さん、ゲテモノは無理かい? スッポンの脳味噌とか美味いのに」
「や、や、ちょっとハードル高いです」
「慣れれば、女でも平気らしいぜ?」
「……ああ。湖沼さんもそう言えば食べていたような」
「! あの美兎の嬢ちゃんか! そういや、ここに通ってるって聞いてたけど」
「! 盧翔さん、お会いになられたのですか?」
「おん! 俺っちが、旦那の店が休業中ん時にこいつんとこの店に連れていったのさ?」
「…………なるほど」
宝来の誘いになら、あの女性もついていくのは仕方がない。何せ、吉夢を与えただけでなく、吉夢を返したのだから。
他にも、座敷童子の真穂が気に入るくらいの霊力の持ち主。そして、いつも笑顔で店にやってきては菓子折を持ってきてくれるのだが。火坑は、それだけしか彼女を知らないでいる。
「へー? 盧翔さんも料理人なんですか?」
「盧翔でいいぜ? 兄さんはなんてんだ?」
「あ、俺は美作辰也」
「辰也って言うのか! おう、俺も料理人だぜ? ピッツァ中心のイタリア系だ!」
「へー! ピザは最近食ってないなあ?」
「へへーん! ここで出会ったのも何かの縁だ。うちに来てくれたらサービスするぜ? サルーテってんで、こっからもそんな離れてねーんだ」
「そっか。奈雲達なら知ってるかも」
「おっと? 不思議な霊力かと思えば、守護持ちか? 美兎の嬢ちゃんと同じだなあ?」
見た目だけの年齢ならば、二人は同じ年頃のせいか。すぐに打ち解けてしまった。それにしても、美兎が盧翔の店に行ったとは。
火坑のはらわたが煮えくり帰りそうになったが、どこに行くのも彼女の自由なのに、とこっそりため息を吐いた。
「機嫌が悪そうだねぃ、旦那?」
「……そうですか?」
盧翔と辰也が話に花を咲かせている間に、宝来がすぐに出した芋焼酎のロックを飲みながらくすくすと笑い出した。
「相変わらず、お前さんが嬢ちゃんを想っているのはバレバレだぜぃ?」
「! 宝来、さん!」
「ああ、安心しな? 嬢ちゃんにはバレてねーぜぃ?」
「……安心してもいいものか」
盧翔とは違い、猫の半人。手に肉球はないとは言え、猫の半分人間。のような、出で立ちでいるから絶対好意の対象には思われていないだろう。嫌われてはいないのだと、よく見ればわかるのだが。
だが、何故。
きっと真穂から連絡が行っているはずなのに、地獄に訪れる少し前から姿を見せてくれない。それが、非常に寂しく思えるのだ。
「うっわ、やっぱりえぐいよ。盧翔!」
何事かと、辰也達の方を振り向けば。盧翔が実に美味しそうにスッポンの頭の部分をしゃぶっていた。
皮が外れれば、すぐに頭蓋骨ごと骨が現れ。その頭蓋骨を割れば、小さな小さな脳味噌が出てくる。彼の言う通り、そこはぷりぷりとして実に珍味であるのだが。
「うっめ! しょっちゅうはこれねーけど、これがあるからたまんねぇんだよなあ?」
「ま。一から調理してくれるから、美味しいとは思うけど」
「辰也も今度挑戦してみなって?」
「んー、まあ?」
この空返事だと、まだまだ挑戦するのは無理そうだ。しかし、美兎も好きなスッポンの雑炊はとても好きらしい。
辰也の方の御燗を追加で注文を受けたら、すぐにそちらの調理に移るのだった。
「っ、くぅうううう! 締めの雑炊はたまんないなあ!」
「叩いた肝も生臭くないし、いいよな? 火坑さん、なんか秘訣でもあるんですか?」
「臭み消しに、ニンニクの粒と青ネギの青い部分と一緒に煮込んでいるんです」
「へー!」
「食うだけでなく、これから増えてくネギは格別だしなあ? 俺の店でも季節のピッツァに和風タイプ増やそうかなあ?」
「旦那! 俺っちに熱燗!」
「かしこまりました」
美兎や真穂がいない男所帯な今晩ではあるが。たまには、こんな日があってもいいかもしれない。
けれど、このままでは、いつまで経っても火坑は前に進めない。ケサランパサラン発生の原因にもなった、自分の想いをあの可愛らしい女性に伝えるためにも。