名古屋錦町のあやかし料亭~元あの世の獄卒猫の○○ごはん~
第2話『苺とクリームチーズのマカロン』
さすが妖と言うべきか。ぬらりひょんの間半は特に怪我もなく起き上がれて。
最後に真穂がぴょんぴょんと背中に飛んでも、こらこらと苦笑いするだけだった。
「いきなり、酷いねぇ?」
「総大将が、結界張るんだから! 真穂もすぐに来られなかったんだもん!?」
「いやいや、君やあの猫坊主が気に入る人間の女の子が気になってねぇ?」
「け……っかい?」
「そうよ? 真穂達がこれだけ騒いでても気づかれないのは。こいつの結界のせいだもん」
「界隈に引き込むことも可能だけど。あれだけ真剣に選んでいるからねぇ? ちょっとお話したくなったんだよ」
間半はスーツのシワを伸ばしてから、また美兎ににこりと微笑んでくれた。
そして、もう一度周りを見ても。客は美兎達から少し距離を置いているように見える以外、何も動じていない様子だ。まるで、こちらが店の一部から切り離されているような。
「で? なんで、美兎の気持ちも知らないで楽庵に連れて行こうとしたの?」
「ん?」
「ま、真穂ちゃん!?」
たしかに、助けてくれたのは嬉しかったけども。美兎の気持ちをバラしてまで、総大将を引き止める意味がわからない。
けども、もう知られてしまったので、美兎はあわあわとしか出来ないでいる。
「ふむ。そうだね? 彼女の本心は見るだけでわかりやすかったけど、あの猫坊主があまり甘いものを得意としていないのに真剣に選んでいるからさ? それだけ、一度は食べてもらいたい相手だと思って興味を持ったんだよ」
「あの、猫坊主って……火坑さんのことですか?」
「ああ。地獄の補佐官だったとは言え、千年以上も生きていない輩は猫畜生であれ。僕にとってはあれも坊主さ?」
「そ、そんなにも長生きされていらっしゃるんですか?」
「うん。少なくとも、ヒトの歴史で言うなら大化改新あたりだねえ?」
「え!?」
美兎でも覚えている範囲の歴史の重大事件。
そんな時代から生きているとは思えず、つくづく、妖はなんでもありなんだと思うしか出来なかった。
「話がずれたけど。こんなにも可愛らしい女性を悩ませるあいつが。今どんな接客をしてるのか気になってね?」
「で、反応を見るついでに美兎を連れて行こうとしたわけ?」
「うん。Exactly!」
「……はあ」
つまりは、面白半分で美兎を連れて行こうとしたわけか。
とは言え、美兎の気持ちはそんなにもバレやすいのか。もしかしたら、火坑にもやっぱり知られているのではと思っていると、大学生の姿になっていた真穂から頭を撫でられた。
「言う言わないに関わらず、そろそろ行ったほうがいいよ? あいつも美兎が来なくなって心配してると思うよ?」
「そ、そう……かな?」
たしかに、定期的に来てた客が来ないのにも心配をかけてしまうかもしれないが。常連仲間の美作辰也以外の人間の客を、美兎も見たことはない。
栄養源である心の欠片を出せていないから、ひょっとしたらそっちかと思いかけたが。違う違うと真穂に今度は肩に手を置かれた。
「全然来なくなった客に対して、妖でも人間でも関係ないよ? 心配するのは」
「そ、そう……?」
「おじさんもそう思うよ? どれくらい行っていないんだい?」
「え、えっと……ひと月ほど」
「よく我慢出来たね?」
「仕事……で忙しくて」
「それで逃げてたんでしょ?」
「はぁう……」
真穂に言われてしまっては、ぐうの音も出ない。
とりあえず、行くか行かないか決めなと言われたら。あれだけいじいじしていた心と向き合うと、すぐに答えは出た。
「……行く。告白は出来ないけど、行く」
「よし。そうと決まれば、手土産を選ぼうではないか!」
そうして、間半が指をパチンと鳴らせば。辺りの騒ぎ声が戻ってきて、美兎達がいたスペースもどんどん狭まってきた。
「あんまり長居は出来そうにないわね? 美兎、今日のお土産に見当はついたの?」
「そ、それが……まだ」
どれが食べやすいか迷っていただけで、これと言った品には到達していなかった。
すると、今度は可愛らしいメイド服のような売り子の店員さんが、トレーを片手に美兎達の前に現れた。
「ご試食用です。イチゴとクリームチーズのマカロンですよ。新商品です!」
「あ、食べる!」
「わ、私も」
「おじさんにもいいかな?」
「はい、是非」
三人で試食用のひと口サイズに仕上がっている、ピンク色のマカロンを口に放れば。
クリームが爽やかでほのかに酸っぱく。マカロンの部分もチーズとの相性抜群で、そこまで甘さが引き立てられていない。
これにしよう、と美兎は間半にお願いするのだった。
「うん。いい選択だね? 甘過ぎずくど過ぎず。ちょうどいい具合だ。あいつも喜ぶと思うよ?」
「そうだと……いいんですけど」
間半が多めに買ってくれたので、美兎の荷物はいっぱいになったが。後悔はしていない。
あれだけ後ろめいていた気持ちが晴れて、スッキリしているのだから。
だから、きちんと界隈の入り口を目指して足を進めることが出来た。