名古屋錦町のあやかし料亭~元あの世の獄卒猫の○○ごはん~
第5話 ひと月振りの会合
いざ、いざ。
新人デザイナー見習い、湖沼美兎。
今日まで避けていた、錦の妖界隈にある小料理屋の楽庵に出陣するために、久しぶりに界隈に足を運んだ。
想い人である猫人の火坑に会いに行くべく、同伴者に座敷童子の真穂とぬらりひょんの間半は居るが。これほど、心強い同伴者はいない。
間半は今日出会ったばかりだが、面白がったりはしても相手を尊重してくれる節がある。詫びとは言え、火坑への手土産を購入してくれたり、今日楽庵での代金も支払ってくれるそうだ。
いきなり初対面とは言え、ここまで提案してくれるのはナンパでもそう多くはない。それに、真穂が一度窘めたから、美兎もこれ以上は言わない。
だから、楽庵の前に到着した時には、何度か大きく深呼吸をしたのだ。
「い、行きます!」
「ああ」
「オーケー」
「……あれ?」
引き戸に手をかけたのだが、何故かあちらから開いてしまったのだった。
夜も夜半に近くなって来たし、客かと思ったのだが。見えてきた手の形と毛並みに美兎の心臓が早鐘を打ち始めた。
「……おや、湖沼さん?」
「か、火坑さん!」
スッキリと整った猫顔。涼しげな微笑み。
ひと月も会っていなかったのだが、なんだか懐かしく思えて。思わず、美兎は涙ぐんでしまいそうになったが、なんとか堪えた。
二人揃って顔を合わせたままだが、まずは謝ろうと美兎の方から腰を折った。
「い、一ヶ月も来れなくてすみませんでした!」
「い、いえ。僕は怒ってはいませんが」
「い、色々理由があって来れなかったんです。本当にすみません!」
「……湖沼さん」
しっかり謝罪すると、火坑から小さく笑う音が聞こえてきて、柔らかい肉球のない手で美兎の頭を撫でて切くれた。その手つきはとても優しかった。
「はーい! とりあえず、美兎の謝罪は終わり。真穂達もいるよ?」
「!……これは、総大将まで」
「相変わらず、憎たらしい性格をしてるね? 猫坊主。女性一人を悩ませちゃうんだから」
「……はい?」
「わーわー!? 間半さん!!」
言いふらすつもりはないだろうが、美兎の気持ちをバラしかけたので慌てて二人の間に入った。
とりあえず、火坑は客の気配がしたのに店に入って来ないのが気になって引き戸を開けたそうだ。なので、美兎達は中に入ってカウンター席に座った。
やはり、冬になってきたので外の寒さとの差が激しく、エアコンの暖かさにほっと出来た。さらに、熱いおしぼりを渡されると殊更身に沁みた。
「あ、あの。皆で選んだお菓子なんですが」
料理を注文する前に、先に例のマカロンの袋を渡した。
すると、袋を見ただけで火坑の顔が華やぐように輝いたのだった。
「あ、そこ僕も知っています! 秋口にリニューアルオープンしたマカロン専門店ですよね? 甘過ぎないマカロンだと柳橋でも聞いていたんですが。……わざわざありがとうございます」
「えと。今日のは、新商品のイチゴとクリームチーズのマカロンです。火坑さんでも、食べられると思いまして」
「? 僕、甘過ぎるのが苦手なお話しましたでしょうか?」
「ずっと前に、真穂達とクレープ屋行ったじゃん? あの時に〜」
「ああ、それで。お気遣いありがとうございます」
火坑自身が気になっていた店の商品なら、選んで良かったと思えた。
美兎がずっと来ないでいたのも、いくらか心配はかけてしまったようだが、怒らせてはいなかったことにも安心は出来た。とは言え、まだまだ告白などは先の先としか思えないでいるが。
「さて、猫坊主。今日は故あって僕の奢りだ。お嬢さん達にとびきりの馳走を振る舞ってあげておくれよ?」
「はい。かしこまりました。スッポンも久しいでしょうし、今日は雌を仕入れられました。まずは、卵とかいかがでしょう?」
「お願いします!」
「真穂も!」
「僕は胆汁の水割りを」
「はい」
まずはいつものコースから。それを味わうのも随分と久しぶりに感じるが、生姜醤油の卵と足の肉の和物も変わらずにとても美味であったのだった。
「寒いし、ふぐもいいがタラもいいだろうねぇ? 猫坊主、どちらかあるかい?」
「今日はふぐがありますよ? 鰭酒の準備もしてあります」
「ほう、いいねぇ? 美兎のお嬢さんは日本酒は大丈夫かな?」
「あ、はい。飲めます。ひれざけってなんですか?」
「名の通り、ふぐの鰭を使った酒さ。寒くなってきた今日にはもってこいの酒だよ」
「へー?」
なんだか、間半が言うと素敵な響きに聞こえてきた。
「鍋、刺身、唐揚げとありますが。今宵はどうしましょうか?」
「ひととおり、にしようか?」
「え!? ふぐ料理って高くないですか?」
「はっはっは! おじさんの懐事情は心配しなくていいよ?」
「ふふ。懐石としてのふぐ料理専門には劣りますが、精一杯頑張りますので」
「うん。では、出来上がり次第順に出してもらおうか?」
「かしこまりました」
久しぶりの来店で、高級料理。
とんでもないタイミングで、来てしまったものだ。