あの日の帰り道
夏休み中、私は早番が多くて相沢くんは遅番が多かった。
だからそんなに話をする時間もない。
というか、そもそもそんなに話をする間柄ではなかったはずだ。
ただ、相沢くんが私を呼ぶ時の呼び方が変わっただけ。
「咲季」
「相沢くんお疲れ様。お先です」
営業スマイルを貼り付けて、帰る時間になった私はそそくさと厨房を出た。
仕事中、相沢くんは以前と同じように私の事を" 伊藤さん "と呼んでくれている。
だから、" 咲季 "と呼ばれると未だにドキッとしてしまう。
相沢くんに" 咲季 "と呼ばれるのは二人きりになった時だけ。
だから、さっき名前を呼ばれたということは、不要いに二人きりになっていたということだ。
仕事中だというのに。
あれから、ほぼ毎日のように相沢くんに声をかけられる。
何か言いたそうな相沢くんの表情が私の気持ちを揺らす。
だから、その表情を見ないようにその場から逃げ続けている。