花魁夢楼〜貴方様どうか私を買っていただけないでしょうか〜
その日の夜は、唇にさえ触れられることはなかった。ただ最後まで男性と夕顔は窓の外を見つめていた。遊亭に男性が出入りをし、夜を楽しんでいる。そして、ゆっくりと夜が過ぎていく。

「おさればえ」

男性が帰っていくのを夕顔は見送る。このお客はまた来てくれるのだろうか、それが夕顔にとって気がかりだった。手にさえ互いに触れていない。

「名前も聞いていない……」

その男性のことが何故か夕顔の中から離れなかった。



それから数週間、夕顔のもとには馴染みの客ばかりがやって来ていた。あの男性とは会えていない。

「ようこそおいでくんなまし」

そう言い、夕顔は今日もお客の相手をする。お酒を注ぎ、お客の話を聞き、そして体に触れさせる。何度も過ごした夜のはずなのに、夕顔の心からはあの夜に来てくれたあの男性が離れなかった。

そんな日々が続いたある日、夕顔は遊亭の女将に呼び出され着物を引きずりながら廊下を歩いていた。その様子さえ美しく、まだ吉原に入ったばかりの見習いの遊女たちが頬を赤く染めている。
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