ハナヒノユメ
「先輩、こんにちは。」

私が来ると、保坂先輩は明かりが灯ったように笑顔になった。

...都合が良い笑顔。

こういうふうにでもワザと遠ざけるようにして考えないと、普通に引き込まれてしまうよう。

彼はいつものように、今日も来てくれて嬉しい、ありがとうと言った。

そういうように仕掛けられているんじゃないかと思うくらい、完璧な言い方。

それはともかく。

どうやら、もうかなり状態は良いらしく、今日から歩いたりできるようリハビリを始めたんだそうだ。

こんな話をする中でも、彼は私への感謝の言葉をよく発した。

あんなことしたの、なかったんじゃないかって思うくらい。

嫌な顔ひとつしないんだな...。

それは、意識が完全に戻らないときでも同じだった。

無表情ではあったけど、何かを嫌がったり怖がったりといったことは全くなかった。

「あの、夢を見ていたときってどんな感じだったんですか?」

「色々な夢を見て、言葉にするのは難しいけど、最初は夢だとも気づかなかったな。
まあ、夢というより、幻覚の方が近いのかもしれないけど。」

「誰かがいることは分かってたみたいですよね。」

「そうだね。たまに、触れる感覚があったり、音がきこえたりしたからね。
思うように動けないし、現実とは全然違うものが見えてることがほとんどだったけど、感覚を研ぎ澄ませれば少し分かるんだ。」

現実とは違うもの...。

言い方的に、良いものじゃないんだろうな。

痛みとかは、感じてたのかな。

なんて、そんなことまではきけないよな...。

でも...。

「怖かったりしましたか...?」

「ううん。大丈夫。
不思議な感覚だったけど、怖くはなかったよ。ずっとひとりなわけじゃないし、側にいてくれてるって分かってたからね。」

そんなことより、今が良ければいいんだと、
そう言っているように感じる。

やっぱり、都合が良いように作られてるみたいだな...。

例えば、誰かの寂しさを紛らわせるペットみたいな...。

そういうのって言い方は悪いけど、あながち間違ってもいなくて、そのことを彼も分かっているのかもしれない。

そうやって、人に媚びて生きてきた人かもしれない。

それが嫌になったから、

じさつ、しようとした...?

...。

いや。

そこまではさすがに言い過ぎだ。

そうだって誰も言ってないのに。

誰も...。

(やっぱ自殺なのかな。警察は事故だって言ってたけど。)

(いっそのこと死んでくれればよかったのに。)



...。

「さくら。」

「...あ、はい。」

「やっぱり、ここにくるのも大変だよね。」

「いえ...。」

「勉強や部活、ちゃんとできてる?
もし邪魔しちゃってたら申し訳ないな。」

「いえ、大丈夫です...。」

...実際どうなんだろうな。

委員会の集会はいつも出てないし、部活の練習もあまりしてないし、塾は辞めちゃった。

邪魔...ではあったのかな。

そう認めれば楽なんだろうな。

本当は元から自分が諦めようとしてた中途半端なことを、やめるきっかけを作ってくれた。

それだけなのに。

それすらも、都合よく邪魔されたって投げ出せるんだよな...。

それも、この優しい先輩なら許してくれそうだ。

...私って何がしたいんだろう。

「僕でも何か役に立てるといいんだけどな。」

「いえ、そんな...。」

「勉強とかなら教えてあげられるかな。」

なんだか、珍しく独り言を言ってるようにきこえる...。

「そういえば、大学の方も配慮してくれてね。通信教育に切り替えてくれたんだ。
だから、少しずつ勉強できるようになったんだけど...。」

病院でも勉強してるんだ。

さすがだな...。

それに比べて私は、何かと言い訳作って逃げ出してばかりだな。

「もしよかったら頼ってみて。
僕もしばらくこうして暇してるだろうから。」

「いいんですか...?」

「うん。」

なんだか申し訳ない気がするけど、

自信がありそうだし、頼ってみるのもいいかな...?
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