冷徹騎士団長に極秘出産が見つかったら、赤ちゃんごと溺愛されています
「そ、そうだとしても、あまりに危険すぎるわ……」
リリーの声が震える。
エドガーの狙いなどはわからないが、少なくともラフバラの聖騎士団の要でもあるリアムを自城へと招いておいて、みすみす取り逃がすとは思えなかった。
「あなたを危険に晒すくらいなら、やっぱり私がエドガーのもとへ行くべきよ! あなたはこの国に必要な人だもの!」
今、聖騎士団の騎士団長であるリアムを失えば、いくら大国と謳われるラフバラでも大きな痛手となることは目に見えていた。
対してリリーがグラスゴーへと受け渡されたとしても、ラフバラが失うものなど何もないのだ。
リリーは一度死んでいる身。
今更リリーがエドガーの手に渡ったところで、困るものはひとりもいない。
「私ひとりの命で、多くの人が守られるのなら、私がエドガーのもとへと行くべきよ!」
こんなときまで無力な自分が、リリーは憎らしくてたまらなかった。
けれど迷いのない口調で言ったリリーを前に、リアムの眉間には深いシワが寄る。
「昼間も言っただろう。俺はリリーをエドガーになど渡さない。それに、きみがいなくなったらオリビアはどうする? オリビアに、寂しい思いをさせるつもりか」
オリビア──。リリーの、愛娘。
その名前を口にされると、リリーの決心は大きく揺らいだ。
「オリビアを、この邸でひとりにさせるつもりか」
確かに王女としてのリリーには、もう失うものなど何もなかった。
けれど幽霊姫となった今のリリーには、大きな宝であるオリビアがいる。
オリビアと引き離されることは身が引きちぎられるような苦しみだが、リリーはそんな自分を鼓舞するように、胸の前で拳を握りしめると真っすぐに、リアムのことを見つめ返した。
「もちろん、オリビアのことは自分の命よりも大切に思っているわ」
「だったら……っ」
「でも! 守れるはずの命が、自分のせいで守れないのはもう嫌なの! 私がエドガーのもとへと行けば、戦争を回避できる。ラフバラとグラスゴーは休戦し、私の祖国、ウォーリックへの脅威もなくなるのよね?」
リリーの言葉にリアムは頷くことはしなかったが、否定もしないことが肯定を示しているようにしか思えなかった。
リリーがエドガーのもとへと行けば、兄のアイザックの助けにもなるはずだ。
リリーの身ひとつで、多くの人が守られるのだ。
そうなればリリーの選択はおのずと決まってしまう。