冷徹騎士団長に極秘出産が見つかったら、赤ちゃんごと溺愛されています
 

(お父様は……本当に、王の器ではなかったんだわ)


 エドガーにリリーが生きていて、ラフバラに連れ去られたことを言えば、エドガーがラフバラへの憎悪を強めるとでも本気で思っていたのだろう。


(少し考えれば、自分が欺いた相手がそれを知らされてどう思うかなんて、容易に想像がつくはずなのに)


 心の中で呟いたリリーは、改めて痩せこけた父の姿を静かに見つめた。

 ウォーリックの王宮内では多くの装飾品で身を着飾り、贅の限りをつくしていた父は、どこにもいない。


「私はただ、ウォーリックをラフバラのような大国にしようと思っていただけなのに、どうしてこんなことになったんだ……。なぁ、リリー。私はいつ選択を間違えた? 私は、誰もが恐れる大国の王になりたかっただけなんだ」


 弱々しく吐き出された父の言葉に、リリーは長いまつ毛で縁取られた瞼を閉じると、ゆるく首を横に振った。


「最初から……最初から間違っていたのよ、お父様。無益な戦争ばかりを重ね、無関係な民の命を犠牲にしてまで手に入れなければいけないものなど、ひとつもなかったんだわ」

「何……?」

「誰もが恐れる大国の王に? そんな王がいたって、民からすれば迷惑なだけよ。たとえ大国と言われなくとも、その国に暮らす民が幸せであるのなら、それでよかったんだわ。お父様がここで過ごした一ヶ月という辛い日々よりも、もっと辛い毎日を何年と過ごし、やり切れない思いを抱えている民がウォーリックにはたくさんいるのよ?」

 そう言うとリリーは、悔し涙を浮かべて国王を睨んだ。

 ウォーリックの孤児院にいた、ロニーを始めとした子供たち。

 戦争で命を失ったものや、その家族たち。

 大国であろうがなかろうが、その国に暮らすものの心が豊かであれば、父は誰からも感謝される、誉れ高き国王として讃えられたことだろう。


「お父様の目指したことの結果が今よ。そして今のお父様を国王として認めるものは、もうウォーリックには、ひとりもいないわ」


 リリーの言葉に、国王は目を見開いて沈黙した。

 実際、ウォーリックでは父が不在のこの一カ月で、アイザックが国王の代わりとしてこれまで以上に揺るぎない地盤を築いていることだろう。

 
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