冷徹騎士団長に極秘出産が見つかったら、赤ちゃんごと溺愛されています
「ここは、とても素敵なお邸ね」
再び小さく息を吐いたリリーは、長いまつ毛を静かに伏せた。
ウォーリックの王宮にいた頃は、リリーの父が戦好きの王であったために、王宮内ではいつもどこか緊張感が漂い、従者たちの雰囲気もピリピリしていた。
そしてここ数年、リリーはその王宮の敷地内の外れにある花園から出ることはできずに、毎日同じ景色ばかりをオリビアとふたりで眺めていたのだ。
もちろんそれはリリー自身が望んだことで、大きな不満があったわけではない。
けれど段々とオリビアが成長し、行動範囲が広がっていく中で、この先はどうなるのだろうかという漠然とした不安を抱きはじめていたのも事実だった。
「子供ならではの適応力というか……オリビア様もすっかり、ここが気に入っているようですしね」
ソフィアはそう言うと、曖昧な笑みを浮かべた。
今、リリーたちは広い邸内を、自由に動き回ることを許可されている。
先ほども庭で遊びたいと言ったオリビアに対して、ローガンは快く了承し、履物を用意してテラスを開放してくれたのだ。
また、邸内には書庫や応接の間もあり、昨日もオリビアは大きな家の中を冒険することが嬉しくてたまらない様子だった。
「ねぇ、ソフィア……。たとえばの話だけれど、もしもリアムが本当に私を妻とするつもりだとしたら、あなたはどう思う?」
青い空の下、のびのびと庭を駆けるオリビアを横目に、リリーはソフィアに尋ねた。
リリーは幽霊姫。世間的には死んだことになっている身だ。
そんな今の自分にできることは、オリビアを守り、育てることだけ。
それは、国王である父がいなくなり、兄のアイザックが対応に追われていることを聞かされたときに、リリーが嫌というほど思い知ったことでもあった。
幽霊姫であるリリーは無力で、輝かしい未来とは対極の場所にいる。
けれど、娘のオリビアは違う。
まだ二歳のオリビアには輝かしい未来を生きてほしいと、リリーはもうずっと前から、考えていたのだ。