春が来る前に、
帰り道、号泣している彼を見つけた。
コンビニ前。慌てて彼の腕をひき、このベンチまで連れて来たのだけれど。
話を聞けば聞くほど、わたしまでくるしくなる。
ベンチに置いた黒いリュック。教科書が詰まったそれが、強い風に吹かれて揺れる。
「ほんとう、ごめんね」
「気にしないで。わたしは隣にいるけれど、空気と化して過ごすから」
「ありがとう」
笠野くんは。
ものすごい有名人で、ものすごくモテるひと。
そんなすごいひとのすきなひとは誰だろう、とずっと思っていた。
彼はすきなひと──自分をふった人間の名前を、出さない。それが優しさなのか、忘れるためなのか、知らないけれど……どちらにしても、彼にできる最後のことなのだろうと思った。