君は愛しのバニーちゃん
※※※





 ギャーギャーとしつこく喚く健をなんとか撒いた俺は、その足で公衆トイレへと駆け込むとカバンの中身を漁った。
 引っ張り出したのは、クリーニング返りの爽やかなブルーのストライプシャツ。ド派手なTシャツを脱ぎ捨てそれを羽織れば、パリッとノリで固められた襟元と袖がいい感じにキッチリ感を演出してくれる。
 
 ——続いて下半身。
 黒のダボっとしたサルエルから、ピッタリと足首でタックインされたベージュのチノパンに履き替える。首元までぴっちりとボタンの閉められたシャツを、チノパンにインすることも決して忘れない。
 脱ぎ捨てたTシャツとサルエルを雑にまとめてカバンに詰め込むと、代わりに取り出したのは整髪料のワックス。それを前髪に少量付けて綺麗に七三に分けると、その仕上げに余ったワックスを掌全体で上から撫でつける。
 
 時間にして、ザッと5分といったところか。慣れたものだ。


「……っよし。準備完了」


 鏡の前でカチャリと黒縁眼鏡をかけると、いい感じに真面目君へとチェンジした自分に向けてニヤリとほくそ笑む。


「待っててね〜。うさぎちゃ〜ん」


 左肩にカバンを掛けると、ルンタッタ・ルンタッタとスキップしながらトイレを出発する。
 通りすがりの人達が不審そうな顔を向ける中、そんなことお構いなしにご機嫌でスキップする俺は、白塗りの可愛らしい家の前へ着くと足を止めた。



 ———ピンポーン



『——はい』

「こんにちは、西条です」


 その可愛らしい声に脳内で顔を(とろ)けさせながらも、勤めて真面目な顔を装い悟られないようにする。
 バタバタと足音が聞こえた、次の瞬間。俺の目の前にある玄関扉は勢いよく開かれた。


「瑛斗先生っ! こんにちは!」


(あぁ……! なんて可愛いいんだ……っ!)


 俺に向けて、無邪気な笑顔を見せる天使。
 そのあまりの可愛さに、昇天しかけてフラリと足元から崩れ落ちそうになる。


「早く、早くっ! 瑛斗先生にね、見せたいものがあるんだ〜! すっごく、可愛いんだよっ!」

「……っちょ。待って、美兎(みと)ちゃん」

 
 ご機嫌な美兎ちゃんに急かされるようにして家へと上がると、そのままグイグイと腕を引かれて階段を登っていく。


(これは……っ! 愛の綱引き!?)


 その可愛らしい愛の綱引きを堪能しながら、チラリと目の前の美兎ちゃんを見上げる。
 階段を登る度にヒラヒラと揺れるスカートの下には、スラリと伸びた綺麗な生足。見えそうで見えない、なんともけしからん誘惑。
 これぞ、天使の誘惑というやつだ。


(……あと、もうちょっと……っ)


 無意識に前屈みになっていく俺の身体。


「瑛斗先生。……何してるの?」

「……ふえっ!?」


 一足先に二階へと到達した美兎ちゃんが、不思議そうな顔を向けて俺を見下ろしている。


「えっと……。ちょっと、首が痛くて……」


 パンツを覗き込もうとしていたなんて、そんなこと絶対に言えるわけがない。
 鼻の下を伸ばしながら首を傾げている俺は、ズレた眼鏡を直すと美兎ちゃんを見上げた。


「……えっ!? 大変っ! 瑛斗先生、大丈夫!?」

「大丈夫、大丈夫。ちょっと肩が凝ってるだけだから……」


 俺の嘘を素直に信じる美兎ちゃんに向けてヘラリと笑ってみせれば、心配そうな顔をしていた美都ちゃんが小さく微笑んだ。


「じゃあ、後でミトがマッサージしてあげるね?」

「……えっ。い、いいの?」

「うんっ!」
 

 満面の笑顔を向ける美兎ちゃんにバレないよう、小さくガッツポーズを作る。


(まさか、美兎ちゃんにマッサージをしてもらえることになるとは……)


 そんなことつゆ程も期待していなかった俺は、慈悲深くも神々しい美兎ちゃんに向けて蕩けた笑顔を見せた。


「……っ。ありがとう、美兎ちゃんっ!」


(あぁ……。女神様のように美しい、俺のうさぎちゃん! 本当は、股間が痛いんです。そう言ったら、股間もマッサージしてくれますか……?)


 そんな(よこしま)な考えを膨らませる俺を他所に、汚れのない笑顔を向ける美兎ちゃん。 

 俺は感動と喜びにキラリと一筋の涙を流すと、歓喜に震える笑顔で美兎ちゃんを見上げながら、それはだらしない顔をして鼻の下を伸ばしたのだった。



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