君は愛しのバニーちゃん
「…………へ?」
(なんで……、いるの……?)
間抜けな声を小さく漏らすと、視界に映る悪魔の姿を呆然と見つめる。
そんな俺を見てニッコリと微笑んだ悪魔は、俺の人差し指の上に自分の指を重ねると、そのままインターホンを押し鳴らした。
『——はい』
「……あっ。美兎、着いたよ〜」
『あっ! 衣知佳ちゃん! ……あれ? 瑛斗先生も一緒だぁ〜! 待ってて、今開けるねっ!』
インターホン越しのそんなやり取りを、ただ、呆然と突っ立ったまま眺める。
———ガチャッ
「いらっしゃ〜いっ!」
程なくして開かれた扉から、笑顔の美兎ちゃんが元気よく姿を現した。
「遅くなって、ごめ〜ん」
「ううん、大丈夫っ! 入って、入って〜! ……瑛斗先生も、早く早く〜!」
キャッキャと無邪気な笑顔をみせる美兎ちゃんを眺めながら、俺は先週交わした美兎ちゃんとのやり取りを思い出していた。
(そういえば……。夏休みの宿題を一緒にやる為に、友達が来てもいいかって聞かれたっけ……)
すっかりと忘れていたが、確かそんな事を言っていた気がする。
美兎ちゃんに夢中になりすぎるがあまり、そんな大事な事を聞き流していたとは——。
脳裏に浮かぶのは、美兎ちゃんの前でデレデレとした笑顔を浮かべる、先週の間抜けな自分の姿。「いいよ、いいよ」なんて、たいして考える事もせずにヘラヘラと答えていた、そんな姿を思い返す。
何故、軽はずみに受けた。先週の馬鹿な俺。今更後悔したって、もう遅いのだ。
こうなってしまえば、正体がバレないよう徹底的に演じるしかない。
ここから先は、戦場だ——。
(うさぎちゃんとの、甘ぁ〜い新婚ライフ♡ という、輝かしい未来は……っ!! なんとしてもっ……、守ってみせるっっ!!!!)
早々に本日の”美兎ちゃんとの至福の時間‘’を諦めた俺は、そう覚悟を決めるとカッと見開いた瞳で目の前を見つめる。
そこに見えるのは、マイ・ワイフ♡ の隣りで上機嫌な笑顔をみせる少女の姿。俺の視線に気が付くと、ほんのりと赤らめた頬でクスリと小さく微笑む。
やはりあれは——少女の姿をした、悪魔の化身に違いない。
ならば、倒すしかないだろう。
スーパーマンだったら、ここで逃げ出すなんて事はしないはず。悪と向き合い、必ずや勝利を収めるのだ。
最近見た、リバイバルされた【スーパーマン】の映画を思い浮かべて、そんなことを思う。
(覚悟しろっ! ……悪魔めっ!! 俺の大切な‘’至福の時間’’を奪ったこと……っ、後悔させてやるっっ!!! グハハハハッ……!!!)
どちらが悪魔か、もはやわからない。そんな笑い声を脳内で響かせながら、嬉しそうに微笑む悪魔の横顔を見つめる。
メラメラと闘志に燃える瞳で悪魔に向けて目に見えないビームを発射しながら、俺はぬぐいきれない悔しさと悲しさから、一筋の涙を零すのだった。