君は愛しのバニーちゃん
※※※



「——ねぇねぇ、瑛斗先生。ここって、どうやるの?」


 目の前に座っている悪魔の姿を見つめ、タラリと冷や汗を垂らす。


「あく……っ、衣知佳ちゃん。何度も言うけど、俺の担当教科は英語なんだよね。……だからさ、英語の宿題やらない?」

「うん、知ってる。でも、わからないの数学なんだもん」


(…………。俺だって、数学なんてわかんねぇよっ!!)
 

 そんな事を思いながらも、目の前に差し出された数学のプリントを見て、無い脳ミソを懸命にフル回転させる。
 さっきから、やたらと俺に向けて数学の質問ばかりをしてくる悪魔には、ほとほと困り果てている。

 帰国子女が故、英語だけは人並み以上にできると自負している俺だが……。自慢じゃないが、それ以外の教科に関してはてんでダメ。
 もっと真面目に授業を受けとくべきだったと後悔しても、今更遅い。
 
 これはもしや、新手の拷問攻撃だろうか……? 流石は悪魔だ。
 チラリと悪魔の隣りに視線を移すと、1人黙々と英語の宿題をこなしている美兎ちゃんがいる。


(っ……、クソォォオ!!! 俺の、至福の時間が……っ!!!)


 悔しさにグッとシャーペンを握りしめると、目の前の悪魔に向けて目に見えないビームを発射する。その熱線でボッと焼け消えた悪魔を妄想しては、1人、脳内で高笑いをする。
 
 
(グハハハッ!! 思い知ったか!! 悪魔め……っ!!!)


「…………」


 ……なんだか、凄く虚しい。どんなに愉快な妄想をしようとも、現実では、俺の目の前で悪魔はピンピンとしているのだ。
 これは、認めざるを得ない事実。俺の乾杯……いや、完敗だ。

 悔しさに薄っすらと滲み出た涙をグッと堪えると、滲んだ瞳で手元のプリントを見つめる。


「…………」


 意味不明な数字の羅列に、益々涙が溢れてくる。惨敗だ。誰か助けてくれ……。
 どうやら俺は、スーパーマンにはなれなかったらしい。
 
 素直にわからないと言ってしまいたいところだが、美兎ちゃんの前ではカッコつけていたいという……そんなクソみたいなプライドから、どうにも言い出せない。


(……っ。俺の……、馬鹿野郎ッ!!!)


「……ん〜っ! 疲れたね〜。……ちょっと、休憩しよう?」


 突然、小さく伸びをした美兎ちゃんは、俺達に向けてニッコリと微笑むとナイスな提案を告げた。


(あぁ……っ! 君はやっぱり、俺の女神さまだ……っ♡♡♡)


 神々しく光り輝く美兎ちゃんに向けて尊敬と(よこしま)な眼差しを向けると、(とろ)けた顔でだらしなく微笑みながら鼻の下を伸ばす。


「……あっ。そういえば、衣知佳ちゃんどうして瑛斗先生と一緒に来たの?」

「んー……。たまたまね、助けてもらったの」

「助けてもらった……?」

「うん。悠真(ゆうま)がさぁ〜、しつこくて」

「あぁ……、元カレ君?」

「そう」

「助けてもらって良かったね。……瑛斗先生、ありがとう」


 俺に向けてニッコリと微笑む美兎ちゃんの姿を見つめながら、俺は鼓動をバクバクと跳ねさせた。
 通常の俺なら、間違いなく鼻の下を伸ばしていただろう。そんなシチュエーションにも関わらず、俺は顔面を蒼白にさせるとその場で固まった。


(元……カレ……だ、と……っ?)


 俺としたことが……今まで一度も考えもしなかったとは、なんということだ……!
 美兎ちゃんにも、元カレ——いや、彼氏がいる可能性は充分にあるのだ。

 ——否。これだけ可愛いのだから、間違いなくいるはず。


(フグゥ……ッッ!!?!!?)


 突然襲ってきた胸の痛みにハァハァと喘ぎながら、胸元を抑えると悶絶する。
 この、言葉にならない程のショックさは、今年で1番……いや、今まで生きてきた中で、1番の攻撃力を以って俺のガラスのハートを粉砕する。

 今にも絶命してしまいそうだ。辛すぎて、もはや涙すら出てこない。


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