君は愛しのバニーちゃん



「——!!? っ……ハフンッ♡」


 夢見心地なその手触りに、吐息を漏らすとゆっくりと視線を下げてみる。そこに見えるのは、律儀に1本だけひょろ毛を生やしたハゲヅラ頭の『磯◯波平』。
 右手に伝わる、確かなこの感触——。


(俺は……っ。なんて浅はかで、バカな男だったんだ……っ)


 乏しすぎる想像力のせいで、こんなことですら想像ができなかったとは……。今までの人生、だいぶ損をして生きていたらしい。
 健の言っていたことは、嘘ではなかったのだ。

 これは、間違いなく——!
 

「マシュマロ♡ だ……っっ♡♡♡♡」


 右手に収まる美兎ちゃんのおっぱい片手に、だらしなく微笑みながらブシューッと盛大に鼻血を吹き出す。
 ドクドクと流れ出る鼻血をそのままに、俺は全神経を右手に集中させるとふらつく足元をグッと堪えた。


(これが……っ!! 天にも昇る、心地良さってやつか……っ♡♡♡♡)


 今、ここで一瞬でも気を抜こうものなら、出血多量で今すぐにでも天に召されてしまいそうだ。
 それはそれで、最高な死因だとも言えるのだが……。どうせ召されるのなら、一時でも長くこのマシュマロを味わっておきたい。
 それが、死に際の男の本能というやつなのだ。


「……っ、キャアァァアアーーッ!!! マジキモイッ!!!! 最っ、低!!! このっ、おっぱい星人!!! ……死ねッッ!!!!」


 そんな(ののし)りの言葉と共に、俺に向けて強烈なキックをかました百合の花。


「——!!?!? ッ、グフゥ……ッッ!!?!!?」

 
 見事なクリーンヒットに、俺は両手で股間を押さえると膝から崩れ落ちた。
 声を失ったどころか呼吸すらできない状況に、本気で天に召されかけては悶絶する。
 

「美兎っ!! 早く、今のうちに逃げよっ!!」

「っ……う、うん」


 真っ赤な顔をした美兎ちゃんの手を掴むと、足早にこの場を去ってゆく百合の花——と見せかけた、凶暴な悪魔。
 悪魔のせいで行方不明になった俺のドラゴンボールは、暫くは地上で拝めそうもない。

 再び2つ揃う時がくるのは、数日先か……はたまた、数ヶ月先になるのか……。


(さよなら……。俺の、もう1つのドラゴンボール……っ)


 願いが叶った瞬間、悪魔によってかき消された俺のドラゴンボール。
 元より、ドラゴンボールとはそういうものなのだと思えば、叶えられた願いの大きさに感謝する他ないのだ。


「……っ、ぐ……っ」


 声にならない声を漏らしながら、ドクドクと鼻血を流し続けたまま股間を押さえて(うずくま)る。
 そんな俺を見て、驚きの顔を見せる人々と呆れたような眼差しを向ける大和。


「……おい。大丈夫か? おっぱい星人、マシュマロン」


 チラリと隣りに視線を向けてみれば、すぐ横で腰を屈めた健が心配そうに顔を覗き込んでいる。ちゃっかりと変なあだ名で俺を呼ぶ健には、軽く殺意を覚える。
 だが、なんと無力なことか……。今の俺には、そんな力さえ残っていないようだ。もはや、痛みと貧血で意識さえ朦朧(もうろう)としている。


「これ……鼻に詰めとくか?」


 俺に向けて、ピンク色をしたハート形のマシュマロを差し出した健。


「…………」


 ふざけるのも大概にして欲しい。
 そんなボケにツッコミを入れる余裕など、今の俺には残っていない。同じ男なら、ドラゴンボールを蹴られた苦しみは痛いほどわかるはずだ。
 言葉に出せないこの怒りを、せめて眼光で伝えようとギロリと健の方へと視線を向ける。


(…………。あぁ……、忘れてた……。コイツ……ガチの、アホだったわ……)


 真剣な表情を見せる健を前に遂に力尽きた俺は、股間を押さえながらその場にぶっ倒れると、ドクドクと流れ出る鼻血で色欲に(まみ)れた赤い泉を作ったのだった。


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