君は愛しのバニーちゃん



「——よっ。お疲れ」


 健の元へと近付きこっそりと耳元でそう告げれば、ニヤリと不気味に微笑んだ健。


「やっと、『うさぎちゃん』を紹介してくれる気になったか」

「バーカ。……仕方なくだよ、仕方なく。こんな格好で、自分のクラスになんて行けるわけねぇだろ?」

「しっかしまぁ、よく化けたもんだよな……。事前に聞いてなきゃ、瑛斗だって気付けねぇよ」


 感心したように俺の全身を眺める健を他所に、近くにいる大和に向けて軽く目配せをする。
 すると、それに気付いた大和が彼女を連れて美兎ちゃん達へと近付いた。


「2人共、いらっしゃい。俺は瑛斗の友達の大和で、こっちは彼女の香奈(かな)。よろしくね」

「……あっ、柴田美都です。よろしくお願いします」

「初めまして、香川衣知佳です。彼女さん……綺麗ですね」


 そんな会話を交わし始めた大和達に安堵すると、再び健に視線を移してポンッと軽く肩を叩く。


「今日は、よろしくな」

「おうっ。この俺様に任せろ」

 
 俺に向けてニカッと笑ってみせた健に、何故か一抹の不安を感じる。……いや、きっと気のせいだ。


「——俺は健。よろしくねっ! うさ……あ、やばっ。……ミトちゃんと、イチカちゃん?」
 

(おい……っ! お前今、『うさぎちゃん』て言おうとしただろっ!)


 ヘラヘラヘラと笑っている健に、軽い殺意を覚える。やはりこいつは、油断ならない。なんといっても、俺以上にアホなのだ。……そして、誤魔化し方がど下手くそ!


(やば、って何だ! やばっ、て! ……そんな下手な誤魔化し方があるかよっ! クソバカ野郎が……っ!!)


 ピキリとこめかみに青筋を立てると、そんな俺の気配に気付いたのか、健は慌てて近くにあったメニューを手に取った。


「2人共、クレープどれにするー? 俺のオススメはね、俺考案の和風モンブラン! ……因みに、1番人気はやっぱりチョコバナナ!」

「え〜っ。どれにしよう……。こんなにあると迷っちゃうねぇ、美兎」

「うん。どれも美味しそぉ……」


 あーでもない、こーでもないと悩んでいる美兎ちゃんを見て、その可愛さから俺の顔は瞬時に蕩けた笑顔を見せる。
 そんな俺の様子をチラリと横目に見た健は、ホッとしたかのように小さく息を吐いた。

 流石は、高校からの付き合いの健だ。俺の扱いを少しは心得ているらしい。
 それはそれで何だか(しゃく)(さわ)るが、ここは一つ、美兎ちゃんの笑顔に免じて許してやろう。


「あの……。この、スペシャルって何ですか?」

「あー、これ? これはねぇ……。フラフープ3分間チャレンジ! 成功したらお好きなクレープどれでも1つ無料! しかも、生クリーム増量サービス付きっ! てやつ」

「えーっ、凄い! 無料だって、衣知佳ちゃん!」

「確かに凄いけど……。フラフープ3分間って、一度も落とさずに3分でしょ? ……ちょっと、無理じゃない?」

「うーん……確かに。1回できるかどうかも怪しいかも……」


 クレープ屋でフラフープなんていう、全くもって意味不明な怪しい勧誘に惑わされている美兎ちゃん。
 そんな事しなくたって、最初から俺が奢るつもりだ。クリーム増量だって、ちょっと健を脅せばいいだけの話し。
 だが、ちょっと見てみたい。

 優雅に舞い踊る美兎ちゃんは、さぞかし美しい事だろう——!


「チャレンジは無料だし、1回やってみる?」



 ——そんな健の提案で、フラフープにチャレンジしてみる事となった美兎ちゃん達。


「きゃ……っ! あ〜んっ。1回もできなかったよぉ〜」

「…………」


 俺の期待も虚しく、一瞬で終わりを迎えたフラフープチャレンジ。
 瞬きをしていたら間違いなく見逃していただろうそれは、開始と同時にストンと下へと落ちた。

 流石は小悪魔ちゃん。焦らしプレイがお上手だ。
 そんな美兎ちゃんも、激しく愛しい。


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