君は愛しのバニーちゃん
「——あっ! 瑛斗先生だ!」
そんな悪魔の声と共に、ワラワラと集まり出した美兎ちゃんの同窓生達。その中には勿論市橋少年の姿もあるが、今の俺は幸せだからそんな事は大して気にはならない。
何より、全く鎮まる気配を見せないシェンロンを抑えるのに手一杯で、正直それどころではなかったりする。
「もぉ〜。美兎ったら、突然いなくならないでよね」
「ごめんね。瑛斗先生が居るのが見えたから、早く報告したくて……」
悪魔にそう返事を返しながらも、エヘヘッと笑って見せる美兎ちゃん。
そんなに俺に会いたかったとは……。こんなにも情熱的に迫られてしまっては、俺のシェンロンは鎮まるどころか大暴走だ。こんな場所で人目も憚らずに迫ってくるとは、なんて大胆なアプローチ。
(っ……なんて、どエロい小悪魔ちゃんなんだ……ッッ♡♡♡♡)
その素敵な脳内変換に、更なる暴走の兆しを見せ始める俺のシェンロン。もはや、誰にも止められはしないだろう。
未だ俺に抱きついたままの美兎ちゃんの温もりに酔いしれながら、まるで拷問のような苦しみに小さく呻いては苦悶の表情を浮かべる。
もうこのままいっそ、美兎ちゃんと一緒に大人の世界へとフライアウェイしてしまおうかと、覚悟を決めて抱きしめ返そうとした——その時。
「もぉ〜、いつまで抱きしめてるの? 瑛斗先生、困ってるよ」
「……あっ! ホントだ! つい嬉しくって……。瑛斗先生、ごめんなさい」
悪魔の余計なお節介で、あっさりと離れてしまった美兎ちゃん。俺のこの覚悟は、一体どこへ着地すれば良いというのだろうか……?
(クソッッ!! っ、……この悪魔めっ!! 俺のせっかくの覚悟を邪魔しやがってっ!!!!)
着地点を見失った両手をそのままに、俺はその悔しさから涙を滲ませると天を仰いだ。
そもそも、すぐに抱きしめ返す勇気をもてなかった俺が悪いのだ。そんなこと、頭の片隅ではわかっている。
できるものなら、5分前に戻って全てをやり直したい。
未だかつて、こんなにも悔やんだ事があっただろうか——? いや、ゼロだ。
「く、……っ」
あまりの悔しさから小さく声を漏らすと、両手を握り締めてプルプルと震える。
「……あ、そ〜だっ! 瑛斗先生! ミト受かったから、ご褒美にレストランに連れて行ってくれるんだよね!?」
後悔に打ちひしがれている俺に向けて、満面の笑顔を見せる美兎ちゃん。その瞳はキラキラと輝き、まるでこの世に2つとないダイアモンドのように美しい。
これは間違いなく、恋する乙女の瞳。
「……っ、うん♡」
俺は瞬間に破顔させると、美兎ちゃんを見つめてだらしなく微笑む。
「え〜! いいなぁ〜!」
「前から約束してたの。合格したら、美味しいレストランに連れて行ってくれるって。……瑛斗先生、衣知佳ちゃん達も一緒じゃダメ?」
———!!?
(フグゥ……ッッ!?♡!?♡!?♡)
突然の美兎ちゃんからのおねだり攻撃にビクリと飛び跳ねると、その可愛さの衝撃に気を失いかけてはフラリとよろける。
恋する乙女の猛追は留まる気配を見せないばかりか、こんなにも俺に向けて必死にアピールをするとは……。愛しすぎて、たまらない。
これはもう、シェンロン発動許可がおりたと言っても間違いではないだろう。
「……うん♡ (いつでも準備はできてるから)いいよ♡」
「えっ!? ホントにっ!? やったぁ〜!」
「良かったね、衣知佳ちゃん」
俺達の門出を祝ってくれているのか、それはとても嬉しそうな笑顔を見せる悪魔。そんな悪魔の思いを、決して無駄にはしない。
俺は今から——。
(うさぎちゃんと一緒に、大人の世界へとフライアウェイだ……ッッ♡♡♡♡)
もはやまともに話しなど聞いていない俺は、アダルトな妄想に取り憑かれたまま不気味な笑顔を浮かべる。
もうすぐ美兎ちゃんも高校生。少しばかり早い気はするが、美兎ちゃんが望むのなら俺が応えないわけがない。
ゾロゾロと着いてくる生徒達に気付かないまま、その素敵な妄想にうっとりとしながらレストランへと向かい始めた俺。その目には、もはや隣にいる美兎ちゃんの姿しか映っていない。
予め行く予定でいた少し高めのレストランへと着いた時には、時すでに遅し。途中、美兎ちゃんが大勢いるように見えたのは、どうやら俺の錯覚ではなかったらしい。
何故か美兎ちゃんを含めた計5人の生徒達にご馳走する羽目になった俺は、その後予定していたシェンロンを発動することもなく、代わりに財布から大量の現金をフライアウェイさせたのだった。