君は愛しのバニーちゃん
血走った瞳で市橋少年を睨み付けると、食いしばった歯をギリギリと鳴らして身体を震えさせる。
この少年の存在をすっかりと忘れてしまっていたが、確かコイツもハレ高に受かったと言っていた。ということは、今後もおそらく美兎ちゃんへのアプローチを続けるつもりでいるのだろう。
——そんな事、当然この俺が許す訳もない。
(ぶっ、殺す……っっ!!!!)
「……ワンッ!」
———!!?
突然の犬の鳴き声に驚いてビクリと飛び跳ねると、隠れていた電柱から飛び出してしまった俺。犬の飼い主らしきお婆さんは、そんな俺に向けて「あらあら、ごめんなさいねぇ」と告げると、そのまま柴犬を連れて通り過ぎてゆく。
バクバクと脈打つ胸元にそっと手を添えると、チラリと前方にある校門前へと視線を向けてみる。すると、犬の鳴き声につられたらしき数人の生徒達が、何事かとこちらへ視線を向けている。
その中には、なんと美兎ちゃんの姿も——。
(!!!? っ、……ヤ、ヤやヤや、ヤベェ……!?△!?♯!?)
焦った俺は、1人その場であたふたとする。
もう一度電柱の影に身を隠そうかとも一瞬考えるが、そんな事をしたって今更遅い。むしろ、今ここでそんな事をしてしまえば逆に怪しさ全開だ。
パニックに陥った俺は、バクバクと鼓動を跳ねさせたまま呆然と立ち尽くした。
(どどどど、どうすればいいんだ……っっ!!?!!?)
何故か、俺の頭の中で警察に連れて行かれるシーンが思い浮かび、ヒヤリと嫌な汗が額を流れる。
これは、予知夢——。これが俺の、数分後の未来だというのだろうか……?
(うさぎちゃん……っ)
数分後の自分の未来を案じて、美兎ちゃんを見つめたまま薄っすらと涙を滲ませる。そんな悲しいお別れだけは、絶対に御免だ。
だが、この状況を打破する術が見つからない。とりあえず、何事もなく過ぎ去ることを祈るしかないのだ。
ここまでで、およそ3秒。やたらと長く感じる3秒間だ。
俺はゴクリと小さく唾を飲み込むと、何事もなかったかのように美兎ちゃんから視線を逸らそうとした、その時——。
「——瑛斗先生っ!」
———!!?
俺の元へと駆け寄って来る美兎ちゃんの姿を見て、俺はビクリと肩を揺らすと固まった。
「え……?」
確かに今の俺は、ダサ男の変装をしていない。なのに、そんな俺に向けて『瑛斗先生』と言った美兎ちゃん。
俺の聞き間違えだろうか……?
そのまま俺の目の前までやって来ると、ピタリと足を止めた美兎ちゃん。そんな姿をジッと見つめながら、俺はゆっくりと開かれてゆく口元に集中すると固唾を飲んだ。
「今日は眼鏡、掛けてないんだね?」
「……え?」
「卒業式、来てくれてありがとう」
「え? う、うん。……卒業、おめでとう」
この状況が上手く飲み込めない俺は、とりあえず美兎ちゃんに向けてヘラリと笑ってみせる。
「——え!? 嘘っ! 瑛斗先生なの!? ……凄いイケメンじゃんっ!」
「こんにちは! この間はご馳走様でした! わぁ……! やっぱり、凄くイケメンですね!」
悪魔を筆頭に、ワラワラと集まり出した市橋少年with生徒達。沢山の生徒達に囲まれて、何故かそのまま記念撮影へと突入。もう、何が何やらさっぱりわからない。
だが、警察に連れて行かれる未来は回避できたようだ。
それにしても、どうして今の俺を見て”瑛斗先生”だとわかったのだろうか……?
チラリと美兎ちゃんの姿を盗み見ると、そんな俺と視線を合わせた美兎ちゃんがニッコリと微笑んだ。
(フゴォォォオ……ッッ♡!?♡!?♡!?♡ もう……っ、そんな事どーでもいい!!!!)
美兎ちゃんの可愛い笑顔にノックアウトされた俺は、ふらつく足元をグッと堪えると、少しばかり垂れてしまったヨダレをそっと拭った。
俺に向けて微笑んでくれる。その事実さえあれば、他の事などどうでもいいのだ。