出血令嬢はヴァンパイア公爵様に愛される
プライドの高い貴族など皆考えることは同じで、ここにも立派な庭園があり、そこにはバラの生垣がある。血を浴びたように真っ赤なバラを見て、なんとなくシリルを思い出したエリザベートは思わず、それに手を伸ばしていた。
「……そんなことしなくても、ここにいる」
「っ!!」
背後から静かに声をかけられ、エリザベートはびくりと跳ねる。振り返ると期待通りの、その人がいた。
相変わらず黒い軍服のような、けれど前とは少し違う趣向のそれを着込んでいた。
「シリル様……」
相手の身分をまだ知らないエリザベートは、ドレスの裾を軽くつまみ背筋を伸ばしたまま腰を落とす挨拶である、カーテシーを丁寧に行った。
「そんなに改まった挨拶をされると反応に困るな」
そして普通に話してくれて構わない、と言われたエリザベートはシリルに笑みを向けた。
「会えてよかった」
「ええ……貴方の姿が無かったから、今日は来ていないのかと思いました」
貴方のような黒い髪の方はなかなかいないでしょう?と言うとシリルは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「あら、髪の話はやめた方が良かったですか?」
「いや……いい。君は意外とさばさばとしているな」
「そうでしょうか……」
そんなことを言われたのは初めてで、エリザベートは少々困惑した。
「エリザベートは……夜会はあまり好きじゃないのか?」
前も庭にいたのは何故だ、と聞かれたエリザベートは言葉に詰まった。
「人が集まる場所はあまり好きではなくて……」
婚約者に酷い扱いを受けているから、なんて口が裂けても言えなかった。
「……そうか。バラが、好きなのか?」
シリルはエリザベートの態度を見てか、話題を変えてくれた。気遣ってくれたのは良いのだけれど、あからさますぎて、彼は少しばかり不器用なんじゃないかと心配になってしまった。
「昔は家の庭の一角に私専用のバラ園を設えてもらって育てていたこともあります」
「それは素晴らしいな」
「私の行きつけの教会にバラ窓があって、小さい頃からそれを見るために通っていたりもします」
「教会、か……」
その名を聞いたシリルの顔がわずかに引き攣った。それを疑問に思ったエリザベートがどうかしましたか、と聞こうとしたその瞬間、重く響く鐘の音が聞こえた。毎晩この時間になると決まって打ち鳴らされる鐘は、その日の夜会の終わりをあらわしていた。
「……また会いたい」
鐘の音の合間にシリルが言う。
「わ、私も…」
「じゃあ次はシュリーゲンの家の夜会で」
「はい」
シュリーゲンの家、とはつまりミレーナの実家だ。もちろん招待されているエリザベートは了解の返事をし、それを聞いたシリルは満足そうに微笑み、そして暗闇へと向かい消えていった。また彼の素性を聞くのを忘れていたのにも気付かず、エリザベートは鐘の音が鳴り止むまでシリルの消えた暗闇を見つめていたのだった。
「……そんなことしなくても、ここにいる」
「っ!!」
背後から静かに声をかけられ、エリザベートはびくりと跳ねる。振り返ると期待通りの、その人がいた。
相変わらず黒い軍服のような、けれど前とは少し違う趣向のそれを着込んでいた。
「シリル様……」
相手の身分をまだ知らないエリザベートは、ドレスの裾を軽くつまみ背筋を伸ばしたまま腰を落とす挨拶である、カーテシーを丁寧に行った。
「そんなに改まった挨拶をされると反応に困るな」
そして普通に話してくれて構わない、と言われたエリザベートはシリルに笑みを向けた。
「会えてよかった」
「ええ……貴方の姿が無かったから、今日は来ていないのかと思いました」
貴方のような黒い髪の方はなかなかいないでしょう?と言うとシリルは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「あら、髪の話はやめた方が良かったですか?」
「いや……いい。君は意外とさばさばとしているな」
「そうでしょうか……」
そんなことを言われたのは初めてで、エリザベートは少々困惑した。
「エリザベートは……夜会はあまり好きじゃないのか?」
前も庭にいたのは何故だ、と聞かれたエリザベートは言葉に詰まった。
「人が集まる場所はあまり好きではなくて……」
婚約者に酷い扱いを受けているから、なんて口が裂けても言えなかった。
「……そうか。バラが、好きなのか?」
シリルはエリザベートの態度を見てか、話題を変えてくれた。気遣ってくれたのは良いのだけれど、あからさますぎて、彼は少しばかり不器用なんじゃないかと心配になってしまった。
「昔は家の庭の一角に私専用のバラ園を設えてもらって育てていたこともあります」
「それは素晴らしいな」
「私の行きつけの教会にバラ窓があって、小さい頃からそれを見るために通っていたりもします」
「教会、か……」
その名を聞いたシリルの顔がわずかに引き攣った。それを疑問に思ったエリザベートがどうかしましたか、と聞こうとしたその瞬間、重く響く鐘の音が聞こえた。毎晩この時間になると決まって打ち鳴らされる鐘は、その日の夜会の終わりをあらわしていた。
「……また会いたい」
鐘の音の合間にシリルが言う。
「わ、私も…」
「じゃあ次はシュリーゲンの家の夜会で」
「はい」
シュリーゲンの家、とはつまりミレーナの実家だ。もちろん招待されているエリザベートは了解の返事をし、それを聞いたシリルは満足そうに微笑み、そして暗闇へと向かい消えていった。また彼の素性を聞くのを忘れていたのにも気付かず、エリザベートは鐘の音が鳴り止むまでシリルの消えた暗闇を見つめていたのだった。