ボーダーライン。Neo【上】
帰宅し、二人分の夕食を準備する。食器の後片付けをし、寝室に布団を敷いた時、何となく"それ"が気になった。
街で何度も名前を聞いたせいかもしれない。
自分用のクローゼットを見つめたまま、取っ手を引いて開けようとした。
右手の指先が触れる間際、腹部のあたりがブルブルと震えた。
あたしは小さく嘆息し、赤いエプロンのポケットに手を突っ込んだ。
『あ。もしもし? 今から帰るから』
鼓膜を刺激する恋人の声に、あたしはゆっくりと目を細めた。
「そう。お疲れ様。今日は早いんだね?」
『そうなんだよ。一応納期の目処も立った事だし、ここらで連日の疲れがたたってもいけないからって』
「ああ。課長さんが?」
『え。いやいや、違う違う。俺の判断』
「なにそれー」
自然と笑みが浮かび、畳の上に座り込んだ。暖房をつけていなかったため、足が冷えた。
『……あ。すみません』
電話口からよそ行きの声が聞こえた。どうしたの、と気になって問い掛ける。
『いや、今人とぶつかっちゃって』
「え。今どこ?」
もしかして、もう近所まで帰って来ているのだろうかと慌てて腰を上げた。