ボーダーライン。Neo【上】
「つか。檜変わったよな?」

「え?」

 キョトンとし、顔を上げた。

「以前より丸くなったって言うか、話し方とか穏やかになった」

 電話で話した時から思ってたけど、と言い足し、彼は自分のグラスに口を付けた。目を細め、ハハっ、と笑ってみる。

「こういう仕事してるとさ。世評で荒れると大変なんだ。スキャンダルとかゴシップネタ、ある事ない事書かれる」

「そっか……」

 僕はサインするペンを走らせ、そう言えばさ、と出来るだけ気軽に訊いてみた。

「桜庭先生、いないな?」

「え、ああ」

 僕から視線を外し、内田はまごついた。

 付近に座っていた数人も、僅かに反応し、苦い顔で口を結んだ。

「檜が来るちょっと前までいたんだけどさ。何か帰りが遅くなると男がうるさいからって」

 そう言われて一瞬、右手の時計に目を落とすが。時刻はまだ八時を十分ほど過ぎたところだ。

 ーー会えないのなら、会わない方が良い。

 向こうが避けているのなら、それは尚更。

 僕は眉を下げ、薄く笑った。

 ***

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