ボーダーライン。Neo【上】
 個室を開けると、懐かしい顔ぶれが歓迎してくれ、皆、口を揃えて‘先生’と呼んだ。

 最早教師では無いのに、と意図せず困った笑みを浮かべてしまう。

 彼が来ているかどうか怖くて確認出来なかったが、奥に座った水城さんが、先生、と話し掛けてきた。

「今日ね。檜は遅れるんだって。急に仕事が入ったとかで」

「あ。そう、なんだ?」

 あたしは平然と答え、無意識に胸をなで下ろしていた。

 けれどその反面、どこかがっかりする自分もいて僅かに戸惑う。肩すかしをくっているだけかもしれない。

 会う事に躊躇うのは当然だが、会って普通に喋れるのなら、元教え子として、彼には会いたいと思う。

 あんなにインパクトの強い生徒は、檜しかいなかった。勿論、それは"彼氏"としても。

 けれど、あれからずっと抱えていた罪悪感はそう簡単には拭えない。檜は、あたしを恨んでいるだろう。

 胸の内がチクリと痛み、あたしは目を伏せた。

「あれ? さっちゃん先生、これって婚約指輪??」

 隣りに座ったかつての女子生徒が、左手の薬指を見て言った。

「え?」

 一瞬、ドキッとなる。

「ああー!! ほんとだ~っ!
てか先生、奈々から聞いたよ~? 六月に結婚するんだって?」

「え、ええ」

 言いながら、ぎこちなく笑った。
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