ボーダーライン。Neo【上】
 不意に最後に見た、彼の泣きそうな顔が脳裏へ蘇り、胃が痛くなる。

 五年前、一方的に捨てる様な酷い別れ方をしたのだ。やはり今更合わせる顔なんて無い。

 弱気なあたしはコートを手に、スクッと立ち上がる。

「あれ? さっちゃん先生どこ行くの?」

 生徒の一人が言い、気付いた彼らは皆、立ったままのあたしを見てキョトンとした。

「あたしはもう、帰るわね?」

「ええ~??」

「さっき来たとこじゃん!?」

 机上にお金を置くとコートに袖を通し、下手くそな笑みを浮かべた。

「うん、だけど。あんまり遅くなると、彼が心配するから」

 時計の針は七時四十五分。遅くなる事を危惧して退席するなら、まだあと二時間は余裕がある。

 笑みに続けて下手な言い訳をする自分に、嫌気がさした。ここで檜と向き合いわだかまりを解消しておく方が良いと知りながら、そう出来ずにいる臆病な自分が嫌だった。

「サッチャン先生!」

 不意に内田くんに呼び止められ、肩が揺れる。
< 144 / 269 >

この作品をシェア

pagetop