ボーダーライン。Neo【上】
 あたしは「はい」と縮こまり、再びしゃがみ込んだ。

 ーーどうしよう。檜ならそのままの流れで取ると言いかねない。

 勿論、取って貰えたらどんなに助かるだろう。けれど、獲物は慎ちゃんから貰った婚約指輪だ。ダイヤの付いたそれを檜に見られるのは、やっぱり気が咎める。

「もう、いいよ?」

 やんわりと声をかけると、檜は顔を上げた。

「自分で何とかするから。秋月くんはもう行って?」

 お互いの吐く息が、白く宙を舞った。

「……て、言うか」

 ーーなに?

 檜は目線を下げ、二の句を継いだ。

「先生パンツ見えてるよ?」

 ーーパ、

「え!?  やっ!!」

 焦ってスカートの裾を掴み、慌てて膝をついた。

「アハハっ! ラッキーっ!」

 檜は破顔してから立ち上がり、停めていた車へと歩き出す。

 踵を返す彼の背を目で追った。

 自分から遠ざけておいて何だが、帰るんだなと思うと、少しだけ拍子抜けした。

「ありがとう。それじゃあ、元気でね?」

 微笑みながら手を挙げるが、檜はもうあたしの事なんて見ていなかった。胸の奥がツキンと痛くなる。

 彼は運転席を開け、そのまま乗り込むかと思えば、マスクと伊達眼鏡を着け、帽子を目深に被り出した。
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